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2018年 11月 06日
庭仕事前
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夕方、ついに荒れ果てた暗い庭に剪定鋏を入れて、大まかに整えた。

↓BGMは、荒れた庭にぴったりのBlonde Readhead (amazon.co.jpで調べる)のアルバムで。
イタリア人双子+日本人女性の3人バンド。



って言っても、表面を覆う蔓草を取り除いたり、伸び放題で暴れてる枝を切り戻したり、枯れ草をかき集めたりしただけだけど。とりあえず少しは地面が見えてきたので、あと数日は夜の庭仕事を続けて、今月中には秋の球根を植えられるような状態まで持っていっておきたいものだ。

以下は、庭仕事前や途中の荒れた庭の様子。通行人から見たら、うへえ、グジャグジャじゃん、最低!くらいに思われそうだが、庭主の贔屓目には、これはこれで捨てがたい風情があるようにも感じられ、整備するのが名残惜しく思えたりもするから不思議。

天幕みたいになっちゃってる蔓草のカーテンを切り開いたら、フワリと優雅に黄蝶が飛び立って、秋のバラやフジバカマなんかが結構いっぱい咲いていた。種がとれるものはとっておいて、週末に撒き散らそう。植え替えする株も掘り起こして、少し綺麗にレイアウトし直そう。
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by macchi73 | 2018-11-06 07:00 | 【庭】季節の様子・庭仕事 | Comments(0)
2018年 10月 12日
ずる休み
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(今日の写真は手元のものを適当にアップ。内容と関係なし)

仕事の予定が無くなった。で、急遽ずる休み。すみませんが今日は体調不良で休みます……なんつって。別に嘘をつかなくって良いんだろうが、休みたい気分だから休むよってのは、当日の朝だと、なんとなく言いにくい。

窓から見たら、天気良し。ウキウキする。

で、まずは夏の後始末をした。
風呂場の天井の角に黒いカビが繁殖しちゃったのがずっと気になってたのだった。普段の風呂掃除で手が届かない場所。先端にスポンジがついた長い棒(優れもの!)を買ってきて、隅から隅までカビキラーをした。

がらんと天井の高い風呂空間が、天国のように真っ白になって眩しいくらいだ。空気が塩素臭に満ちて、清潔感を強烈に主張する。マスクを外して、風呂の窓々を開けて風を通した。一つ、片付いた。

e0134713_2171213.jpg(牛殺しのマス、黴殺しのマチ……。

カビは殺すが、粘菌は殺さない)


それから秋の衣替えもした。
夏服をずらっと洗って干して押入れにしまい、秋物に入れ替える。穴があちこち開きまくりの愛用パンツを一本捨てて、仕事用にミセスっぽいパンツを買った。へへ。変な感じで笑った。けど、多分人から見たらこういうのが年齢的には似合ってるのかな?よくわからず。まあ単なる記号だからOK。家族全員にお揃いの柔らかい綿ニットも買ってタンスの引き出しに入れておく。よし、二つ片付いた。

e0134713_2171074.jpg(ちょっと前にジュウジナガカメムシの群れを見た。

もっと寒くなると、集団越冬の冬ごもりのためにも寄り集まる)


夕方遅くには、子の学校の役員決めに出かけた。
決まるまで毎晩集まりますよという声に、みなが俯向く。別にやっても良い気もしたが、重い空気に迂闊に動けず、無駄に様子見をする。そのうち窓の外が黒くなった。せっかくの休日、早く帰りたくて、スイマセン……と手をあげたら、パタパタっと決まって帰宅できた。みんな感じの良いお母さんたちで気楽になった。外出ついでに夜の灯を見ながら散歩して、本を買って帰った。三つ片付いた。

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そして休み明け。
色々片付けられてなかなか良い休みであった……と清々しい気分で出勤したら、どういう話になってんのか、全く仕事のやりとりもない部署の人たちからまでお気遣いの連絡があって慌てた。何か大げさに伝わったらしい。言い訳の体調不良をすっかり失念して、朝から元気一杯にしていた。

そこから急に「体調不良だったけどもう大丈夫系」の小芝居をするのも恥ずかしく、でも心配されたままも悪い気がしたので、えーと、すいません、ちょっと嘘でした、なんて方々にお伝えするハメになって、失敗。嘘をつくときは慎重に。

* * * * * * * * * * * * * * * * * *

ずる休みの夜の読書。よりによって労働の本。

シモーヌ・ヴェイユは20世紀フランスの女性哲学者だが、不幸や痛みが恩寵として強調されている一連のテキストは、哲学というより、ちょっと詩的な信仰や祈りのようで胸に迫る感じがあった。


『シモーヌ・ヴェイユ・アンソロジー』(河出文庫)

ヴェイユは第一次・二次世界大戦の頃に子供~大人時代を過ごし、人が機会のように扱われる工場勤務などを経験し、終戦前に34歳で衰弱死(拒食による餓死?)で亡くなっている。

『工場生活の経験』『奴隷的でない労働の第一条件』等々のタイトルからも何か伝わって来そうだが、弱い立場でクタクタになって、しかも巧い言葉も持たない労働者たちの生き方を見て・味わって、ぐるぐる考えた人っぽい。

この重苦しい空虚さは、あまりにも苦しませる。それは、教養がなく、知性が低い多くの人々にも感じられる。自らの条件からして、その空虚さがなんであるかがわからない人は、生涯に亘ってその空虚さを耐え忍んでいる人の行為を公正に判断することができない。この空虚さは殺しはしないが、それはおそらく、飢えと同様に苦しませる。おそらくはそれ以上である。(略)

癒す薬に選択肢はない。それはただひとつしかない。ただひとつのものだけが、単調さを堪え忍ばせる。それは永遠の光である。それは美である。(略)

美は大衆のためにあり、大衆は美のためにある。他の社会的条件にある人にとっては詩は贅沢である。大衆はパンのように詩を必要としている。言葉のなかに閉じ込められた詩ではない。そうしたものは、それ自体、大衆の何の役にも立たない。大衆が必要としているのは、その人の日常生活の実態それ自体が詩であるということだ。

こうした詩の源泉はただひとつしかない。その源泉は神である。

単調で疲れがちで無意味な生に意味をもたらすのは美だというのは、凄く共感できる。
美って、別に綺麗なものということではなくて、美醜に関わらず、自分の外側に・自分とは関係なく厳然として在るものはみんな美の一部かもなと感じる。どこに美が宿っているとかいうのは細かく切り分けては区別できない。全体に宿っている、としか言いようが無い。

でも、最後はどうしても神との関係に思索が進んで行くところは、やっぱり一神教西洋哲学の定番なのか?それとも、若くして亡くなった人だからか?

もしかしたら一神教世界の人たちがいう「神」は、東洋の自分が思うところの「宇宙」みたいなものなのか。それなら単語を差し替えれば幾らかしっくり来て、ちょっとは感覚がわかる気もする。

* * *

ところどころで言及される「叫び」についても、考えさせられるところがあった。自分も目にしたことのある場面が、色々な実感を持って思い出された。
奴隷のようにあまりに打撃を受けすぎた人において、悪を課され、驚いて叫びを上げるこの心の部分は死んでいるように思われる。だがこの心の部分はけっして完全には死んではいない。ただこの心の部分はもはや叫ぶことができないだけである。この心の部分は、聞きとられることのない、絶え間ないうめきの状態に置かれている。

だが叫ぶ能力が無傷のままの人であっても、この叫びが、内的にも外的にも、理路整然とした言葉となって表現されることはまずない。たいていの場合、この叫びを表現しようとする言葉が完全に間違ってしまっている。

このことは、悪を被っていると感じる機会を頻繁にもつ人がもっとも語る術をもたない人であるだけに、いっそう避け難い。たとえば、軽罪裁判所で流暢に気のきいた冗談を交えて話す裁判官の前で、ひとりの不幸な人がもごもごと口ごもる光景ほどおぞましいものはない。

大人の前で口ごもる子供、有能を自認する人たちの前でしどろもどろになる「クリエイティブでない(←嫌な言葉だ)」と言われる人たちーー。

そういう時って、スマートでない側が発するモゴモゴした主張に対して、スマートな側からは色んなアドバイス・提案・批判等が与えられるが、そもそも、そのモゴモゴが本当に言いたいことを表してないのだとしたら?
……受け取る側も、まずは沈黙を以って耳を澄ますべきなのかも。
「なぜわたしに悪がなされるのか」とある人が心の奥底から叫ぶとき、その人には悪がなされている。どのような悪を自分は被っているのか、誰が自分に悪を課しているのか、なぜ自分に悪が課されるのかをよく考えてみようとすると、間違えてしまうことがよくある。だが叫びが間違えることはない。(略)

自分に悪がなされないようにという要求は、あらゆる人間の魂のうちにたえず立ち昇る。(略)「なぜわたしに悪がなされるのか」と問う魂の部分は、あらゆる人間のうちに、もっとも穢れている人のうちにさえも、幼児期から完全に無垢で完全に無邪気な状態で住まわっている奥深い部分である。

思うに、人間も他の動物も、この地球の風土に適応して、その成分からできてる生き物だから、自動的にこの世を快適で美しいと感じるようにできているんだと思う。で、それが裏切られたと感じるとき、何が悪いんだか表現できなくても、こんなはずじゃないって叫んじゃうんだろう。

それは社会的なものじゃなくて生物的なものだと思うから、たぶん論理で諭しても抑えつけても意味がない。
叫びのうちに逸楽を見出す人の精神状態と、叫びが発せられていることに気づかない人の精神状態は、一見そう思われるよりもはるかに近しいものがある。(略)この人たちが叫びに気づかないのは、自惚れているのである。(略)また、叫びに気づかないでいることのうちには逸楽が孕まれているからである。(略)わたしたちの意図を妨げるものがあるということを忘れさせるあらゆるもののうちには逸楽がある。こうして、戦争や内乱のように、そこに人がいるのに人がいないことにされ、人間があたかも操り人形のようにされる激動が、ひどく人を酔わせるのである。同様に、奴隷制度は主人にとってとても居心地の良いものとなる

色んな意味で、その種の奴隷制度(的なもの)を広めないように気をつけようと思った。
いつも外側に自分と全然違うものがあるのをよく味わえるように。日常に詩を見出せるように。
* * *

ヴェイユって、ちょいこの曲ぽい。古いか。



20年近く前に観てたドラマTRICKの主題歌だったせいで耳に馴染んだ。
ドラマ開始から14年後の劇場版には感動した。
最初、チョー可愛い子だなあ!と思って毎週観てた女の子が、いつの間にか大人になってるという現実の時間が、物語の中の時間とぴったり重ねられてて。

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by macchi73 | 2018-10-12 23:00 | 【その他】日記 | Comments(2)
2018年 07月 21日
匂いは思い出せないという発見(→ 訂正:できる人もいるらしい)
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外がうだってる。家じゅうの窓をあけて風を通す。
うちは古い家の作りで、家の中が深くて暗いが、その分夏はそこそこ過ごしやすい。

風が庭から良い匂いを運んでくる。いまの時期はカサブランカが咲いてる。
私は夏の百合の匂いがすごく好き。夫は秋の金木犀の香りが一番好き。だけど金木犀の香りを今思い出せる?って聞いたら、ええっ、難しいな、嗅げはすぐ思い出すんだけど、と言った。嗅覚は思い出を芋蔓式に呼び起こすものだが、匂いそのものを思い出すのはすごく難しい。映像も音楽もある意味自由自在に思い出せるのに、匂いは匂いがきっかけでしか思い出せないって、これって大発見じゃないか?

大量のアワビが届いて、友達家族が遊びに来た。
お客様にクーラーかけようとしたが、夜風が気持ち良いからこれで良いよといって、生暖かい夜にみんなでアワビ料理の腕をふるってご馳走を食べた。刺身、酒蒸し、ステーキ、肝パスタ。貝殻が綺麗だと騒ぐ子供たち。
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お土産の冷え冷えの日本酒や白ワインなど飲みながら、呆けてしまったおばあさんの話を聞く。自分が誰で、今どこにいるのかも分からなく暮らしているのに、好きなもの嫌いなものは依然あり、毎日忘れこそするが興味の分野もそのままらしい。

記憶は失っても自分の中には残ってるっていうその現象(?)は、私たちも既に一度体験しているかもなと思う。物心ついたときには赤ん坊時代のことは覚えてないけれど、そこまでの経験が積もって、世界に対する親密さや居心地悪さの感覚として自覚されるんだろうと思う。物心つく前にも生きた日々はあり、物心ついてからの認識の土台の材料となってる。だから赤ん坊には安心する快適な生活を与えたい。同じように、年とって惚けて自分のことが分からなくなってしまっても、そこまで生きてきた日々はあり、自分を失った後の自分の素材としては残るんだろう。だから物心ある間に綺麗なものをたくさん見ておきたい。

おばあさんに手持ちの写真があれば、アルバムを作って手元に置いておくのはどうだろうと考える。忘れても忘れても、物心失う前の物語を何度でもなぞって、こういう道のりで今ここにいるとその都度思えれば、少し不安はおさまるものか、そうでもないのか。知りたい気がする。

それから死んでしまった知人たちの話をした。もし私が呆けてしまっても、生きてる間は、この夜風の百合の匂いを嗅いだら、その瞬間は新たな快さを感じるだろう(すぐ忘れても何度でも)。生きていれば日々新しいことが起きる可能性は残るけど、死んでしまった人とは新しい会話を二度と持つことができず、謎だけがずっと残る。もう絶対に知ることができないという感覚は、時々ものすごくストレスだ。一番好きなはずの金木犀の匂いをどうしても思い出せないのにも似てる。

呆けて生きるのと早く死ぬのと、どっちが良いのかは分からない。誰もが何かの死に方をするし、そもそも選べるものかも怪しいし。色々考えると、自分や知人の老いや死ってのは自分にとっては重くても、結局この地球上に泡のように絶え間なく大量に出現しては消えていく色んな現象のたった一つなんだよなと思う。人も虫も草も自然現象も、快楽も悲惨も大きいことも小さいことも、バリエーションという意味ではこの世に全て同じ重さで貢献している。まあ賑やかでゴージャスな話だ。自分が悲惨に当たったら嫌だが、かと言って自分だけが逃れられるとも思えない。でもその時には、この地球の賑やかさに対する愛着が、嫌な方の多様性の一端を自分が担うこともあるだろうって思うための代償にはなるのかもなと思う。

あと、顔・声・仕草は思い出せるけど、匂いは何かないと想起が難しいと知ったので、早死になった時のために、香水でもつけとく習慣はありなのかもなと思った。前に長く不在にしたとき、夫が私の洗ってない服を嗅いで思い出してると聞いて、ちょっと困惑したし。嗅覚刺激のために汚れ物とっておかれるのも嫌だし。

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なんらかの連想で思い出した曲。


"Travel is Dangerous" (by Mogwai)


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by macchi73 | 2018-07-21 23:10 | Comments(22)
2018年 03月 20日
三月日記:ヒゲ好き疑惑
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お菓子食べて、映画見て、だらだら過ごす。そんな団欒があっても良い。この頃は西部劇が好き。

でも、「君らが好きなシャーロックの新しいの観るよー」と言えば娘たちが寄ってきて、「今日は刑事ドラマつきあうよ」と言えば夫がすごく嬉しそうにいそいそ準備するのに、「西部劇みよう!」と言うと、周りからサッと人がいなくなるのはちょっと寂しい風潮だ。

誰かと語り合いたく、職場でのトークにもちょくちょく西部色を挟み込んでみるが、誰も食いつかず。常に一瞬で流される。ちぇ。そんな感じでひとりぼっちで楽しむ西部劇、今のとこのマイ・ナンバー1フィルムは、セルジオ・レオーネ監督のOnce Upon a Time in the Westかな。

ウェスタン(”Once Upon a Time in the West”)

気の強いグラマラスなヒロイン、キャラの立った脇役たち、寡黙で謎めいているがそれがかえって微妙なおかしさを醸し出してる主人公ハモニカ、すべて完璧!

バリバリのマカロニ・ウェスタンのようでいて、時々挟まれるチラリズム溢れる謎の回想シーンにより「ハモニカ、お前は一体誰なんだ!?」というミステリ風味もほのかに漂う構成で、面白さいや増す。最後の回想シーンは圧巻。

間際にあいつは、ハモニカお前か!って思ったのか、最後までわからなかったのか?どう思う?(とか語り合いたい)

ウエスタン [DVD]

汚いヒゲのシャイアンが格好良い。綺麗なヒゲの鉄道王も渋い。登場人物みんなの背後にある個々の物語がちゃんと感じられるのが凄くイカす。

しかし、ハモニカの吹くメロディは、みんな褒めてたけどどうなのか?常にアレばっか繰り返してて、お前いいかげん他のフレーズも吹けよって、ボトルを割って怒り出す荒くれ男は誰もいないのか?

まあ、あまり芸達者になって、メリーポピンズのチムチムのハーモニカみたいになっても変だけどな……。


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西部劇と言っても、たぶん好きなのはマカロニ・ウェスタンで、アメリカの正統派西部劇はあんまり見ない。

どこが違うのかなーと思ったら、正統派は正義の保安官って感じであんまり笑えないけど、マカロニはただの個々の勢力争いっぽい感じで、どの悪役にも三分の理、って感じが良いんだと思う。

e0134713_14311640.jpg← 一番好きな悪役、『サボテン・ブラザーズ』のエル・アポ。凄い好き。

『サポテン・ブラザーズ』はマカロニですらないコメディだけど、中学時代からのお気に入りなので西部劇といえばまず一番に思い出してしまう。気に入った場面だけキャプチャーまでして、見れば即元気出た。


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ちなみに中二時代、あぶらだこの曲、「ローハイド」も西部劇の歌と思って愛聴していた。が、いま改めてタイトルを見たら、"Row Hide"(ってどういう意味だ?)なんだな。西部劇のRawhideとは別物だったのか……。


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by macchi73 | 2018-03-20 23:55 | 面白かった本など | Comments(5)
2018年 03月 17日
三月日記:春の珍事
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macchi〜、もう起きろー!と爽やか且つ快活な夫(珍事)がコーヒーを入れて持ってきてくれた。

ナニ?夫が元気ってことはもう午後か!?昨夜は同僚と日付が変わるまでワインバーでしこたま飲んでしまったし、寝過ごして休日を無駄にしちゃったか……と時計を見たら、なんとまだ朝(珍事)。嬉しくなって、夫に、今日は庭いっぱいの剪定枝を片付けてくれよう、頼むよう、と言って、もう一回ベッドに潜って、小一時間音楽聴いてゴロゴロしてからリビングに行った。

そしたら澄ました子供曰く−−−発表します、今日の予定を決めました。これからお父さんと一緒に庭の片付けをします。それからみんなで駅前に行って任天堂スイッチの保護シートを買います(これ、庭仕事の報酬ね)、それからみんなでお店でランチ。どうかな?

すばらしいね、ということで、まずは音楽かけてダンス。そして父子が庭仕事している間に私は片付けをした。洗濯物を干しながら外を見たら、テキパキ働く二人が見えて、庭がすごく明るく広くなってた。出て行くと、剪定枝を綺麗にまとめながら、娘が「良い匂いだー」という。月桂樹だから香るんだな。庭に積まれた枝の中から綺麗なものを選んで洗って、子供の隠れ家の壁に吊っておいた。

それから盛りを過ぎた花を摘んで回った。先日作ったリースを見たら、良い感じにドライフラワーになってて綺麗だったので、摘んだ花殻も並べて吊っておく。

行動的な夫、お手伝いの子供、暖かい春の日、すごく楽しいものだ。いつもこうだと素晴らしいね。
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 今日の休日ダンスのBGMはMatt Costa。ワンマンバンド楽しい。


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by macchi73 | 2018-03-17 23:55 | 【庭】季節の様子・庭仕事 | Comments(2)
2018年 03月 09日
三月日記:春の庭のリース
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朝。庭に大量に落ちている剪定屑をクルッと輪にして、春の花を挿した。

向かって左。白いヒヤシンス、アプリコットのラナンキュラス、クリスマスローズ白、クリスマスローズ赤、緑色のビバーナム。向かって右。八重のクリスマスローズ、黄色い小花のサンシュユ、菜の花。ピンクと赤の撫子は、華道をやってる娘の花材から拝借したから、庭では本当はもっと後の開花かな。

昼。たまにランチに行くお店のお兄さんと音楽の話をチラッとしてたら、ちょうど隣に座ってたお客さんも音楽やってるということでライブに誘われた。

夜。色んなバンド出てて面白そうなので行ってみたら、どれもなかなか良かった。ピアニカとか入ってて可愛い感じ。ちょっとKlimpereiみたいな。


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by macchi73 | 2018-03-09 23:55 | 【その他】日記 | Comments(4)
2018年 01月 31日
皆既月食 2018
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庭ブログに書くような園芸的なことは何も起こってないが、何やかや慌ただしい日々だ。マルチタスクが得意な人って、同時に幾つものことを気に留めてられんのかな。私はそれがけっこう苦手かも。

複数の用事を同時に意識して滑らかに進めるんじゃなくて、一度に一つの事にしかフォーカスできず、それぞれを細切れにして一々ガチャガチャとザッピングしながら何とか進めてるって感じがする。で、そうすると細切れの案件が頭の中に散らばって、胸の中もいろんな気分の残骸で片付かず、散漫かつエネルギーのロスが大きい気がする。ぼんやりした気鬱が全身に広がってグッタリしてしまう。

だけど、そのザッピングの中にちょっと自然の視点が入り込んでくるだけで、散らかってたものがスーッと凝固して落ち着いていく感じがするんだよな。不思議。

今日は月食だよと朝のリビングで言われ、ガチャガチャした一日の中で、時折お月さまのことを考えた。それで帰宅して眠そうな子どもと外に出たらピカッと光る丸い月。だんだん欠けて真っ赤に染まって、「同じ月食は前にも見たね」と子ども。君は今よりずっと小さかったけどねと私。広い夜空を見ながら、仕事も人も自然も、常に一回きりであるのと同時に、何度も繰り返す円環のようでもあると思う。問題が起きては解決し、生まれては死に、欠けては満ちる。ぼんやり広がって胸を圧迫してた気鬱も落ち着かなさも、一つ一つがぎゅっと圧縮されて散在する小さな点になり、遠くから見る星空みたいに静かになる。

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(↑これは前回の皆既月食のとき撮った写真)

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後で知ったが、今回の月食って、スーパームーン(地球に近くて大きく見える月)+ブルームーン(月に2回の満月)+レッドムーン(皆既月食の赤い月)が重なる、特別な皆既月食だったらしい。

スーパー・ブルー・ブラッド・ムーン。なんかレッド・ホット・チリ・ペッパーズを思い出させる語感だ。形容詞が多いから?それともブラッド・シュガー・セックス・マジックからの連想か?



レッチリ的には血迷い路線扱いされがちな(←分かるけど)『ワン・ホット・ミニット』も割と好き。





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by macchi73 | 2018-01-31 23:55 | 【その他】日記 | Comments(2)
2017年 12月 25日
炬燵夫は電脳戦の夢を見るか
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最近仕事の移動中に自宅付近を通ることがあって、たまに自転車やお茶一杯のためにぶらっと寄ってみたりする。

昼の家では、夫がコタツにすっぽり埋まって顔だけ出して寝息をたてている。

外気が好きなんだな、窓は大きく開けてあってレースのカーテンがふんわり揺れてる。頭寒足熱ってとこか。

開きっぱなしのパソコンからは将棋の実況中継のようなものが流れている。TVもつけっぱなしだったりして、色んな音が混ざって嫌にならないのか?と思うけど、起きてる人がいない室内は、雑多な音が流れていても妙にひっそりしている感じもする。

いつも大事そうに傍にあるスマートフォンはたぶん将棋の友かなと思う。最近は将棋アプリをやりこむと実際に将棋連盟から段をもらったりもできるようで、家に免状が届いたりもする。ゲームで育てた野菜が届くサービスもあるというし、現実とネットとをつないだ商売はこれからもっと増えるんだろう。

時に気持ち良さそうに・時に寝苦しそうにしている夫をしばらく眺めて、すぐまた家を出る。寝顔でも撮ってやろうかと思ったりもするが、床に転がったボサボサ髪と無精髭のおじさんじゃ何かの現場写真みたいになりそうなので止める。

TVを消して部屋を出る前、床に広がる影、白く発光するカーテンや窓辺の葉を透過する緑や黄色の光の斑が綺麗すぎて、しばらく立ち止まって見てしまう。

家を出るとき振り向いて、もう一回だけ庭を眺めたら、門扉脇の白菊が寒さで赤みを増しているのに気づいて冬を感じた。

明るい住宅地を歩きながら、これらのどの家の中にも一つ一つ違う小さな空間があって、中には人や動物がいたりいなかったり、動き回ったりじっとしたりしているんだなと思う。
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教会のクリスマスイベントでウォーロックのベツレヘム・ダウンの合唱を聴きながら、また色々な時代や場所の家々が内包してきただろう小空間を思い浮かべたりする。ベツレヘムの厩に幼子。我が家の炬燵に夫。誰も知らない場所でひとりぼっちの人。

たとえ密室の中でも、誰にも知られなくても、起こった出来事・存在した物には、この世界を構成する重さみたいなものが宿っていると思う。もしクリスチャンだったら、「すべて神様がご存知」って思うのかも。

神様が作ったかもしれない、偶然の産物かもしれないこの世界には、光るカーテンやら野に咲く花やら、小さく綺麗な一瞬がいっぱいあって、そういうものがみんなの目にとまりますよう。良いクリスマスと新年になりますよう。


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by macchi73 | 2017-12-25 23:55 | 【その他】日記 | Comments(3)
2017年 06月 07日
6月の庭
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なんか庭に鳥がいっぱいきてるよ、と家族たち。見るとムクドリの群がローラー作戦風の動きで、庭の地面をつつきながら移動している。ふーん、そんなに何たべてんだろ。

しばらく眺めてから庭に出たら、昨日のキアゲハの幼虫が消えていた。うわっ。

サバイバルって大変なんだな。虫の一生って儚い。
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儚いといえば、ずっと美味しく食べまくっていた芳香性の柔らかいオールドローズたちもこの高温でハラハラ散ってしまった。代わりに、月桂樹に適当に沿わせて伸ばしたアンジェラがモリモリ咲き出している。これから冬まで咲き続ける四季咲きのアンジェラは庭をパッと明るくしてくれて好きな薔薇だが、香りは薄く花びらも頑丈で美味しくはないんだよなー。

儚い一季咲きのオールドローズたちよサヨナラ、美味しい薔薇ジュースやジャムをありがとう、と感謝しながら、末っ子と二人で、家族の昼食パンを名残の薔薇ジャムと庭の収穫で飾る。
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午後は小学生たちが遊びに来て、「みんなで拾ったよ」と、地面におちた杏の実を差し入れてくれた。サンキュ、それは明日の朝ごはんにしよう。

庭の季節の収穫は、薔薇から果実に移行しつつある。

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夜には就職活動が解禁となったという上の子と劇場で待ち合わせて、二人で劇団鹿殺しの『電車は血で走る』を観た。うまくいかない現実や自信喪失と格闘しながら夢を追う人たちの物語。劇団名は怖いが、内容は詩的。太鼓とラッパの楽団パートが好き。生演奏楽しい。

観劇後、面白かったねえ、と満足そうにしながら、自分はどうしよう、そんなに夢とかコレってものが無いんだ……と言う娘。まあなー。双子の息子なんかは割と夢とか計画とか語る若者だけど、みんながみんなそうではないか。タイミングも性質も人それぞれだし。

でもまあ、別に夢を持つこと自体が重要なことではなくて、自分の人生を生きることが大事ってだけなんだと思う。本当に自分のこととして味わうなら、迷いもショボさも退屈も、夢や喜びや自己実現と、実は全く等価なものだと思う。何やっても、どうにでもなるよ。若いって、この先に長い時間がある−−それだけいっぱい経験が待ってるってことだから、羨ましいよ。

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劇場で尾崎豊がかかっていて、今の子だとamazarashiが同系か?と思ったり。若者専売系フィールド。
尾崎って自分で聴いたことがなくて、放歌先輩が麻雀中に朗々と歌ってたのを聴いてただけなので、もしかしたら全く似てない可能性もあり。


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by macchi73 | 2017-06-07 23:55 | 【庭】収穫、料理 | Comments(6)
2017年 05月 15日
5月の日曜日
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休日の朝、庭を巡回。
カサカサッと木の枝や草薮が揺れる先を見れば、カナヘビの姿。今年も元気そうで何より。実家から、母の日の荷物ありがとうの電話。元気そうで何より。

裏庭は頭上も地上もエゴノキの白い花でいっぱい。
頭上では沢山のクマンバチの羽音。地上にはミドリガメのアオ。
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お昼、子供達がポテトチップスを作るというのでご相伴にあずかる。いつも料理なんてしない大学生だが、やればなかなか美味しい。青のり、塩味、コンソメ味、とテイストにバリエーションまでついてる。ポテチ大好き。揚げたての手作りなら更に格別。冷え冷えのビール。

末っ子が、何かして欲しいことある?と聞くので、散歩付き合ってよと言う。それでぶらぶら歩いて、娘の夏のサンダルを買ったり、フォカッチャを探して美味しそうなパン屋を回ったり、本屋や珈琲屋なんかも入っていたら2、3時間の長散歩になってしまった。おかーさん、これ母の日だから、と花の種をもらう。あらまサンキュ。短いパンツに素足でも寒くない夕方。少し空気に夏成分混じる。

夕方、夫と一緒に台所に立つ。今日の晩御飯は、昼間の揚げ油を有効活用すべく、大好きなフィッシュ&チップスなのでわくわくだ。

なのに、ええー、俺が料理するからmacchiは庭仕事でもしてなよ、外に行ってなよー、と夫が何か台所を追い出そうとするので多少ムッとする。なんなんだ。台所は夫の領地ってか。常時スマホが片手に接続されて、余所者がいると邪魔ってか。ち。今日は私も料理したいんだ。居座ってやる。

食後、子供たちみんな早く2階に上がってしまったので、長い夜。
夜中までやってるカフェーまで夜散歩に出かけたら、夫も一緒に来るが「俺は自転車〜、歩くの疲れる〜」と、やたらニヤついている。ふーん、私は歩きが良い。夫のにやにやと不審な動き、面白くはない。ニヤニヤされるほどに微妙な気分。

それで帰宅したら、玄関にカーネーションがデーン!と置いてあって、夫の不審な動きいや増す。なんだ、これのために今日は何かと外に追い出そうとしてたのか。了解。
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謝意を表してストロマエのダンスで夫の周りをぐるぐる踊ったが、そのダンス変、と笑うばかりで共には踊らず。フェンシングスタイルの決闘ダンス、イカすと思うんだけどなあ。


こっちの方が夫と娘にはウケて、一緒に踊ってくれた。
……って言っても、夫は両腕を曲げて固まってるだけで、その周りを私と娘が踊り狂うだけだけど。


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by macchi73 | 2017-05-15 23:55 | 【生物】爬虫類・両生類 | Comments(0)