タグ:梅 ( 20 ) タグの人気記事

2018年 06月 01日
傷あり梅の、適当サワー
e0134713_2247667.jpg

地面におちた梅の実、綺麗じゃないけど良い匂いはする。小さい傷はあっても割れてなくて、ある程度しっかりした果実のものを選んでサワーに漬けた。

煮沸殺菌した瓶に、よく洗って水気をきった梅600gと島ザラメ400gを交互に重ね入れ、最後に酢600mlくらいを注ぎ入れる。……なんて数値を書いてみたが、実際はそう厳密なもんでもない。というか計量していない。でもだいたい比率としてそんな感じ。

ピカピカじゃない梅を漬け込むと、果肉で少し濁ることもあって見た目はちょっと劣るけど、まあまあ味には問題ない。傷があっても適当でも、ちゃんと美味しくできるものだ。糖分が下に沈むので、たまに瓶をゆするようにして1ヶ月半後くらいから飲み頃。1年以上保存できるらしいが、そんなに長く残っていた試しがない。夏休みの子供たちにゴクゴク飲まれてすぐなくなる。そして最後に漬かった梅を食べるのが美味しい。早く夏休み来ないかなー。

毎日毎日、のんびりした夏休みを想像しながら週末も夜も仕事してんだ。でもまあ仕事も嫌ではない。というかやりたい事が沢山あって切り上げるのが難しいけど、仕事一色だと考え方が大げさになるからな。適当にふざけてられるように、別のこともわざとするんだ。
e0134713_224741.jpg

[PR]

by macchi73 | 2018-06-01 23:30 | 【庭】収穫、料理 | Comments(2)
2018年 03月 02日
三月日記:わが園に梅の花散る ひさかたの天より雪の流れ来るかも
e0134713_052148.jpg

庭の地面、木漏れ日が描く光の斑点が綺麗だ。––と思ったら、そのうちいくつかは黒い土の上に点々と散った白梅の小さい花びらだった。遠くからだと光の点と見間違う。

昼は一日じゅう都心の高層ビルのガラスの部屋で仕事して、夜には頼まれてたお菓子をちょっと並んで買って帰った。街もお店も金色の光でライトアップされて、夜空みたいだ。綺麗なもの美味しそうなものがずらっと並んで光ってて、この先みんなで高齢化したらこの大量のキラキラしたものはどうなって行くんだろうなあと思う。何十年か先の風景が想像できない。

そうして夜の庭に帰ったら、人工のライトアップの代わりに、月の光に梅が光って雪みたいに見えた。
まだ少し夜は肌寒いけど、でも遠くまでふんわり流れてくる梅の香を嗅げば、もうこれは明らかに春の夜の趣だなと思う。

そういえば古代中国の漢詩でも日本の和歌でも、雪と梅と香はセットでよく歌に詠まれてた。千年前の人達と同じようなものを見て、同じようなことを考えてしまうというのは可笑しい。その頃の人たちが見ていた風景と今の街並みって全然違うんだろうけど、当時は世界がこんな風になるとは想像もつかなかっただろうってとこは今も昔も同じか。変わってんだか、変わってないんだか。

e0134713_0515939.jpg

[PR]

by macchi73 | 2018-03-02 23:55 | 【その他】日記 | Comments(3)
2018年 02月 12日
春の子どもたち
e0134713_22583711.jpg

もう梅が咲いてた。いい匂い。春だ。子供たちが旅行から帰って来るので、仕事は早めに終わらせて風呂と晩御飯を準備して待つ。

帰宅した末っ子は、楽しかった出来事を就寝の直前までずーっとおしゃべりして、「じゃあ、おやすみ!」と颯爽と寝室に去って行った。声色、身振り手振り付きの迫真の様子が面白くて笑う。うちでお喋りなのは長男と末っ子だけなんだけど、長男の話もこうやって聞いてやれば良かったなあ。小さい頃、お喋りな息子の話の後に無口な長女からもゆっくり話を聞こうとしてると、息子が私の顔をグイッと掴んで無理やり自分に向かせて話し続けようとしたりするので、しばしば注意して我慢させていたのを思い出す。きっとアレも、こうやって最後まで付き合えば満足する時点があったんだろうな。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * *

この頃お呼ばれが続いて、年明けから続けて色んな友達と会っている。たまたまだが向こうはお子さん連れという形態が多い。

友人たち本人に関して言えば、すごい活躍してんなーいったい今どうなってんだとか思っていても、久々に会ってみればやっぱり皆よく知った馴染みの佇まいで、そんなにびっくりするようなことはない。だけど、その子どもたちの代になると、思いもしなかったバリエーションの豊かさに、何かしみじみ驚くところがある。これは学生時代には想像できなかった、自分たちより一つ先の未来の世界だ。

小さい頃からよく知ってる子たちが大人になって、進学やら就業やら結婚やらしていくのは感慨深い。一緒に遊んだり、たまに泣いたり半可を言ったりしてた様子も思い出されて懐かしく可笑しく、心から幸せを祈らざるをえない。だけど向こうにしてみたら、親の友人なんかにそんな感慨を抱かれてるとは想像もしないだろう。こういうのって、年配者から若者への一方通行の視線だと思うと何か笑える。自分も若い頃には、よく知らない酔っ払いたちにオムツ時代の思い出話されたりすると「誰だお前」くらいに思っていたものなあ。でも今ならば彼らのことも理解しよう。そして他山の石として、お子たちへの振る舞いには気をつけよう。

一方、まだまだ小さい子たちを育児中の友達の様子を見ると、このチビっ子たちもどんどん育っていくんだよなと考えてしまう。充分成熟してからの親である友人たちは、総じてユニークで教育熱心だ。我が子の可能性を広げるということについて確かな考えを持っている。私は若く産んでしまったせいか、その手のことは考えずに来てしまったので、なるほどなあと思うことが多い。すごく子どもに良いことだろうなと思う。

もう一回育て直せるなら、そういうこともするだろう。悪かった足りなかったと思うことは繰り返さないようにするだろう。でも全部の選択肢を辿ってやり直したらもっとピカピカの幸せな子になるとして、そしたら今知ってる子どもたちは無かったことになってしまうのかと思うと、やっぱり悔いも含めて一回きりで良いのかと思ったりもする。

上の双子たちが二歳半くらいまで、昼間は三人で家にいた。生まれたばかりの頃はまだ会話できず(当たり前)、ただ隣にぴったりくっついて、湿った柔らかい体温を感じて動物みたいに過ごしてた。赤ん坊は時には不都合に泣いたりすることもあって、この泣き声を止める方法を私は知ってるって思ったけど、でも自分はそれをしないだろう、全然したいと思わないからって考えた時、そっか、これは自分固有の育児ってヤツで人はそれぞれやり方が違うんだと、急にはっきりと分かって、たいへん愉快な気分になったのだった。それで時間も気にせず全リズムを子供たちに合わせて、子供達が眠れば一緒に寝て、起きれば一緒に起きて、泣けばゆっくり相手して、機嫌が良ければ公園に散歩に出かけた。とても楽しい毎日だった。風にあたりながらお堀の水面を一緒に眺める様子が赤ん坊ながらに気持ち良さそうだったり、水鳥や鳩にあーあー言いながら手を伸ばしてたり、歩くようになったら覚束ない足取りでひたすら坂道を下りたり登ったり、すぐ隣でめきめきと外界を吸収していた様子を凄くハッキリ覚えてる。他のことでそんなにずっと覚えていることって無いのに。多分そういうのも全部、取り返しがつかないくらい、一回きりのことだからなんだと思う。

ちなみに、世間でよく聞く家事と赤ちゃんの世話との両立の苦労を殆ど覚えてないのは、おそらく夫や当時よく出入りしていた友人たちの労働によるものだと想像する。その辺、全く記憶に無いけど。感謝している(と、覚えてないくせに言う)。
[PR]

by macchi73 | 2018-02-12 23:55 | 【その他】日記 | Comments(4)
2017年 06月 18日
即席梅ジュース
e0134713_1351398.jpg

毎年、雨後に急にぽっかりと出現して人を驚かせる、レインリリーが今年も咲いてた。

正式にはゼフィランサスっていう名前があるんだけど、どうも雨との結びつきが強すぎて、レインリリーという通称の方しか覚えられない。

それから、地面に落ちた完熟梅が物凄く良い香りをさせているので洗って少し齧ってみたら……あ、美味しい、、、けど、すっぱい!!うわっ、けっこう酸っぱい!!!……歯がシブシブした。

見た目はあんずにそっくりなオレンジ色で強烈に甘い芳香を放っているけど、やっぱり梅の実は、生食するには酸味が強いみたいだ。

そこで鍋に水と砂糖と完熟梅を入れ、果実が煮溶けるまで加熱してからコーヒーフィルターで漉したら、美味しい琥珀色の梅ジュースになった。梅の味は濃いので、かなり大量の水で煮ちゃってOK。

「梅酒ってこんな味なのかなー」とうっとりしている末っ子。うん、似てるね、と夫。食事に出かけた時、いつも一人だけ食前酒など飲めなくてプリプリしてる娘だが、ふーん、これが梅酒……と満足気。違うけどね。

e0134713_135127.jpg

[PR]

by macchi73 | 2017-06-18 23:55 | 【庭】収穫、料理 | Comments(4)
2017年 03月 06日
梅の花 かばかりにほふ春の夜の やみは風こそうれしかりけれ
e0134713_19373594.jpg
寝室の窓から見える、梅の大木が満開だ。
朝も夜も、風がフワッと吹くたび馥郁たる香りと白い花びらが流れてくる。すごく綺麗で、見てると気分がすーっとする。

樹上も綺麗だが、地面も綺麗。散った花びらが桜貝みたいだ。

あ、例えが逆か。可憐な花びらに似た貝だから桜貝の名がついた訳だよな。
しかし梅貝と書いてしまうと、全然可憐じゃない貝になってしまうのは、なにか梅が不憫。そういえば、奈良時代までは和歌の中で花といえば梅だったのが、平安時代の途中から花といえば桜にとって替わられてしまったようだ。プリマ交代の趣。

一説によれば、平安京の中心部の植栽が梅から桜に植え替えられたことがその理由らしい。平安後期に書かれた日本最古のガーデニング書『作庭記(さいてくき)』にも、庭には桜を植えるべしとあるようだが、たぶん現代のガーデニングと同様、ハイソなお洒落ガーデンの最たるものである都の庭に憧れての桜ブームがあったんではないかと想像する。

流行りの植栽に弱いんだよなー。そのミーハー心、わかる。ガーデナーなんて、みんなそう(←偏見。単に自分がそう)。
e0134713_19373312.jpg
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

まだ梅の方が圧倒的に人気の時代があった。詠まれた歌の数は、梅が桜の2、3倍。

『万葉集』

[PR]

by macchi73 | 2017-03-06 21:30 | 栽培日記:春の植物 | Comments(2)
2017年 03月 04日
雛祭のおままごと
e0134713_1243991.jpg

ひな祭の夜、日帰り出張からの帰宅が少し遅くなりそうで家に連絡を入れる。末っ子がひな祭りを楽しみにしてるかもしれないからな……。

そしたら夫と息子は用事で出かけてしまって、娘たちしかいないという。
おっ、じゃあ女の節句(?)にちょうど女だけか、ということで中間地点の街で待ち合わせして、ひな祭りディナーに行くことになった。ちょっと夜更かしになるけど金曜の夜だしまあ良いだろ。

待ち合わせ時間を気にして電車を乗り継ぎながら、上の子たちの時はせっせとお雛様飾ってご馳走作ってたもんだけどなあ……とチラッと思う。家でいろんな季節のイベントをやってたのは何年前までだっけな。この頃はなかなか準備の時間がとれず、外食でなんとかすることが多い。

そして食事中。
前はよく着物着たり、お菓子作ったり、色んな節句飾りを一緒に作ったりしてたねー、あれも面白かったなーと娘たちが言うのを聞いてまた胸がチクっとする。
e0134713_124379.jpg

そんなこんなで昔のことを思い出し、ふざけてはしゃいでいる娘たちを見ながら一人だけ何かしんみりした気分になったりして。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

翌日はお休み。
小学生たちが遊びに来て、庭でボール遊びしている。賑やか。

それで暖かい飲み物をいれて庭に出たら、「見て見て!すごいでしょ!」と娘がやってきた。差し出されたのは、庭の植物で作ったひな祭りのお菓子。クラスメートたちも、それぞれ熱心に作っている。さすが高学年、子供のままごととは言えクオリティが高いかも……!

なんだ、そっかー。
母親がそんなにイベント頑張らなくても、子供は子供でちゃんと楽しむから良いのか。
e0134713_1243532.jpg

何やりたい?あれ作ってみる?なんて相談したり準備したりして色んなイベントをやらなくなったのをがっかりしてんのは、子供じゃなくて私のようだ。

夫が仕事やめて主夫すると言いだした時、一応そんなの困るよとは抗議したが、頭の中ではまあ仕事増やせば何とかなるかなと計算し、そんなに不安になるようなことはなかった。夫は料理上手だし、私も仕事だけしてれば良いならある意味では楽ちんかもと。そして実際、それほど問題なく今に至る。

ただ、その時の計算に入ってなかったのが、自分がどれだけそういう子供とのイベントを楽しんでたかってことだったんだな。その時は分からなかったが、家族のイベントや季節のあれこれって、私にとっても大人のままごと遊びみたいなもんだったんだ。

上の子たちと色々と凝って工夫してた日々の思い出みたいなものが、下の子とは抜け落ちているのに気づいて、たまに何とも言えない気分になる。その頃どんどん忙しくなっていった仕事の出来事なら、いっぱい記憶はあるんだけど。
e0134713_1243345.jpg

表の庭の梅は散ったが、つづいて裏庭の梅が満開。
杏子の花芽も膨らみだして、もう少ししたらお花見の季節になりそうだ。

[PR]

by macchi73 | 2017-03-04 23:55 | 【庭】季節の様子・庭仕事 | Comments(2)
2017年 02月 11日
立春の候、世界の片隅で君の名を
e0134713_0455694.jpg

直行直帰の仕事で、いつもより少しゆっくり目に家を出たら、庭の梅が咲いていた。
花の満開はもう過ぎたっぽいけど、それでも庭を通って門扉まで、近くを通ればふんわり梅の香りがする。春だなー。

まだ寒い時期に「春だなー」って思うのって、なにか新品感があって嬉しいもんだ。新春とか立春とかいう言葉の、めでたい感じ。

先月今月は、一人でいろいろと馴染みのない場所に行く仕事が多くてちょっと楽しい。

昼間乗り物に揺られて遠くまで足を伸ばしたり、いろんな人に話を聞いたり、珍しい設備使わせてもらったり試験受けたり、いつもと少し違う動きをしていると、仕事もそろそろ飽きたと思ってたけどやっぱり楽しいかもなと思ったり。一人で移動すること、シーンとした知らない建物を歩きまわること、ずらっと並んだ資料や設備を見ることが、けっこう好きかもなと思う。あまり仕事の本質に関係ない部分なので、そんなに人には言えないが。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

出先からの帰り道、以前よんで面白かった漫画の映画がやってたので観て帰った。

『この世界の片隅に』

原作つきの映画って原作の方が面白いことが多いけど、これは映画もかなり良かった。

特に、小さい子の悲しい場面の表現が、映画ならではの見せ方で、派手ではないのに衝撃的だった。

振り返れば、喪失したものたちとの過去も含んで、この世界が続いていくのは美しい、かも。



---

そのちょっと前に子供と観た映画のことも思い出した。
どっちも「喪失に対してどうするか」を含んでいる部分で、少し共通するところもあるような、無いような。

コメントにも書いたが、二つの映画で解決方法が全然違うのが面白かった。

『君の名は』

現実には絶対に起こりえない「あの時こうだったら……」の実現が許容される世界の話だった。その時点で「え、それアリなの?」と、私は少し脱落気味。

が、実は喪失の痛みの最中にいる場合は、こういう物語が心惹かれたり癒やされたりするのかも?と、後で思い直したり。無くした場所、無くした人の、そうではない未来が生き生きと実現される世界を夢想する……。

そういう意味で、失われなかった世界の物語、取り零した分岐の先の物語も、この世には必要なのかもしれないね……とか言ったら、息子にはそういう話じゃないよ!と強く言われた。息子は監督のファンっぽい。適当な見方ですまない(←脱落してたからな)。


[PR]

by macchi73 | 2017-02-11 23:55 | 面白かった本など | Comments(2)
2016年 01月 30日
初春
e0134713_111372.jpg

先週から庭で梅が咲いてる。今年は、ちょっと地味目の咲き具合かな。
でも、周りは粉っぽい春の始まりの良い匂いがする。

今週はずっと遅い帰宅で、しばらく子供の顔を見てなかったら、新しくなにか戦いの技を習得していた。友達と格闘技体験クラスに何度か行って、本格的に始めたいのだという。話しながらも、私の周りを受け身をとりながらクルクル転がって回る。急に立ち上がって、格好いい構えをして、ねえいいでしょ?と言う。面白いのでOK。

上の子たちもそれぞれ、それどこで使うんだよという習い事を近所でみつけて来ては、なかなか熱心にやっていたもんだった。その後、大きくなっても、折にふれて「お、それは習い事で得た技能か?」という時があるので、趣味ってのは面白いもんだと思う。そうか、末っ子は格闘技なのか……。

まだ寒いけど、そろそろ新学期も近いな。
やりたいこと自分で探してきて、もう高学年だな、と思ったり。

私もやる気だして頑張ろう。今日も急な休日出勤だけど、まあ、ちょっと興味のある面白い内容なのでOKとする。行ってきます。
[PR]

by macchi73 | 2016-01-30 10:00 | 栽培日記:冬の植物 | Comments(8)
2015年 03月 03日
ひなまつり(に関係ない日記)
e0134713_0521851.jpg

ひな祭りだけど、ちょっと前から玄関に挿しておいた桃の枝の花は開かなかった。あらま。

その代わり、庭の梅が満開だ。
2008年に植えて7年目、こんなにたくさんの花が綺麗に咲いたのは初めてのことだ。
すこし埃っぽい庭で甘い匂いを嗅いでると、このまんま、一人でどっか遊びに行きたいなーと思う。

年度末の押し込みで、いつも数字とか進捗とかそんなことばっかり考えている。
先月父が死に、今月は子供たちが卒業して大学生になろうとし、毎日家族たちは色んな面白いことをお喋りしてるのに、そういうことは遠くで起きてることみたいに感じられたりする。私って、泣きもしなければ笑いもしない。なんかつまらない人間だよなー。

ずっと前からそうだったか?と考えたら、そうでもなかったと思う。感じはハッキリ思い出せないけど、出来事としては覚えている。

時期的に、これってプレ更年期とか鬱とか、そういう何かでは……と本気で怪しんで、生活にメリハリつけるなど試し中。可能な限り仕事は早めに終わらせて、末っ子に付き合ってちょっと駅前でバドミントンして帰ったりする。時に「夕方だからピノコを送って来たー」とか上の子たちまでやってきて、一緒にラリーしたりしてみんな凄く笑ってるのに、自分だけ、なんとなく平坦。

これは中年みんなが通る道なのか?それとも個別の問題なのか?自分のことだと判断しにくいもんだ。

e0134713_0522179.jpgいっぽう、君はいつもたのしそうだ。感服する。

それで今日も子供たちと運動して帰って、それからあまり熱心でもないひな祭りをしたのに、眠る時、末っ子がいつものように私の首に腕を回して、すっごい楽しいひな祭りだったよ……と囁いた。えっ?そうか?それほどの何かがあったか?と自分としては腑に落ちないが、つくづく思うのは、子供の声って甘い。いまはお母さんは感受性が鈍ってて分からないが、本気でそう感じてくれてることを強く祈る。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

脳内リピート曲はCream of Gold
数年前までは、疲れた時とかピンチの時とかには夫の顔が思い浮かんだものなのに、今では力一杯思い出そうとしてもまったく思い浮かばないのがコワイ。
(これも中年みんな通る道か? 個別の問題か? PNRなのか? 判断できず)

Time is a one way track and I am not coming back,
I dream in beige why'd you leave me so far now,
Time tired you're tainted through,
wind, songs and substitutes,
I dream in beige why'd you leave me so far now.



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

お、ひなまつりの日に合わせて、『ひなまつり』の新刊でてる。
読んで笑った。(←笑ってるじゃん!)


『ひなまつり 8』(大武 政夫)


いま、全8巻、安定走行中。

これは揃えて良い漫画。子供に読ませてもOKだ。


[PR]

by macchi73 | 2015-03-03 23:55 | 面白かった本など | Comments(14)
2015年 02月 08日
夜と梅(と煙)
e0134713_2148851.jpg

仕事が終わったのが深夜2時近く。外に出たら、どこからか微かにいい匂いがする。
どうせ急いで帰宅してもみんな眠ってる時間だしなーと、同僚とちょっと話しながら匂いの方へとぶらぶら歩きした。

そしたら梅が咲いてた。街灯もない場所で、月光に白い花が浮き上がってて綺麗。
この冬は暖かかったね、もう春だね(←気が早い)と、ホット缶飲んで暖まる。湯気の向こうに梅の花。早春の匂い。

それで家についたら、予想に反して居間には煌々とあかりが灯り、ドアを開けたとたん濃厚な肉の匂いに襲われる。奥から夫が厳かに登場し、今日はみんなで焼肉をしたんだ、美味しいので食べるが良いと宣言されて、夜と朝の間の時間にジューシーな肉を食べた。煙の向こうに夫。強烈な肉の香り。

胃薬飲んで、窓を開け放して眠る。(寒っ!)

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

夜つながりで。

『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランクル 著、池田 香代子 訳)

ユダヤ人精神科医フランクルの収容所体験記。また、そこから考えた生きる意味についての本。だいぶ昔に読んだ旧約は難解な印象だったが、長女に「面白かったよ」と言われて新訳を読んでみたら、とても読みやすくなっていた。

収容所では多くの人が、「ここを生き延びさえすればこの苦しみにも意味がある」「こんな生に意味はあるのか?」などということを考えた。となれば、生き延びられない生には意味がないのか?我々の生の意味は結果によって左右されるのか?

著者のフランクルは、そうではないはず、と考えた。
人が生に対して生きることの意味を問うのではなく、生きることが人に意味を問いかけているのだと。どんな状況でも人間には少なくとも一つの自由は残されている、それは自分の態度を決める自由だと。

そこから人としてその自由をどう行使するかという話に発展していくところは倫理的な話になってしまうので、もしかしたら文化や性格によってだいぶ共感度が違うかなーと思ったけど、生の経験自体に意味があるというのは納得。それは私は、倫理抜きの虫とか花とかの生を見てもそう思う。収容所から見える風景に、自然はなんて美しいんだ!と人々が震える場面は印象的だった。
「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」

私たちが過去の充実した生活のなか、豊かな経験のなかで実現し、心の宝物としていることは、なにもだれも奪えないのだ。そして、わたしたちが経験したことだけでなく、わたしたちがなしたことも、わたしたちが苦しんだことも、すべてはいつでも現実のなかで、永遠に保存されるのだ。なぜなら、過去で「ある」ことも、一種の「ある」ことであり、おそらくはもっとも確実な「ある」ことなのだ。

生きるって、自分の中にいろんな経験や感触が溜まっていくことだと思う。それと同時に、世界の方にもいろんな生の痕跡が溜まっていくんだろう。誰でも生きてるだけで世界の記憶装置としての意味は果たしているし、周囲の誰かの経験の登場人物になったりもしている。

そういう自分の中の記憶や愛着が生き延びる力になるのは、もしかしたら人だけでなく他の動物もそうかもしれないけど、倫理的なものが力になり得る(個体がしばしばいる)ってのは生物として珍しい気がする。多分、時間や死の概念があるかどうかが関係するのかもな、なんてことを考えた。
本の趣旨とは、ズレた感想かもしれない。


[PR]

by macchi73 | 2015-02-08 23:30 | 面白かった本など | Comments(2)