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2019年 04月 06日
昔の科学者たちと
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目がさめると窓から目に飛び込んで来るのは裏庭の杏の枝。ちょっと前まで、水色の空を背景に朝日に桃色を光らせているのをベッドからぼーっと眺めるのが楽しかったのに、いつのまにか散ってしまった。いつも遅れて記録する。

満開の花木には、花だけじゃなくて小鳥もすずなり。良い匂いするもんな。蜜もうまいだろう。

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しばらく忙しかったので土日は休んで、春休みの中学生に付き合ってお出かけした。日差しが眩しくて暑いくらい。どこもかしこも桜がブワーっと満開で、こりゃすぐに桜吹雪の時期になっちゃうかな。

出先で休憩中、大人の学習マンガというキャッチコピーの本を読んでたら、話の合間あいまで紹介される昔の著名科学者たちのエピソードが面白かった。

『決してマネしないでください』(蛇蔵)

子どもが科学史に興味を持つ入口にもなんか良さそう。


紹介されていた科学者たちは、たとえば次のようなメンツ。他にも面白い人、初めて知った人がいっぱいいたので、気になる人はぜひ。

ジョン・ハンター (1728-1793)

とにかく破天荒なのは、ジョン・ハンター。
解剖大好きなマッド・サイエンティスト臭プンプンだけど、自由で飾らなくて凝り性で合理主義な近代外科医学の父。『ドリトル先生』のモデルとも(いろんな珍獣を広い屋敷で飼いまくってたから)、『ジキル博士とハイド氏』のモデルとも言われている(表玄関は夫人の活躍するきらびやかな社交場で、裏口ではハンターと弟子たちがロンドン中の死体を運び込みまくって解剖しまくり)。

『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』(ウェンディ・ムーア)

ハンターの伝記なら、この本がめちゃくちゃ面白いと思う。

●虫の観察とかも好きで、生き物大好きそうに思えるのに、何頭も犬を買ってきて脚の腱を切断し、世話して治癒していく段階で次々殺して解剖し、腱の回復段階の時系列の標本を作ったりもするマッドなハンター。●従来の錬金術的な医療を信じず、「自分で考えること」をモットーに、解剖で得た正確な人体知識に基づいて新しい効果的な手術なども考案したが、一人の人間の手術をする前には、たくさんの動物で実験・練習しまくって、やっと行う慎重なハンター。●ついには動物実験ではこと足りず、自分のペニスにわざわざ性病を接種して実験治療をする無茶なハンター(そして愛弟子ジェンナーは天然痘の種痘を打ち立てる)。●十歳年上でキレ者のお兄さんに医学の世界に引き込まれ、お兄さんの医学演説に感動し、それから弟分的に使われ、成果を巡って仲違いしても、お兄さんが亡くなった時に凹むハンター。

……そんなハンターの人となりを表す色んなエピソードがいっぱいあるにも関わらず、全然本筋に関係ない箇所で「ほほう!」とか思ったので引用したりして。
  生殖と発生はつねにハンターの関心をとらえてきた。研究対象がたとえ下等動物であっても、それにかける熱意はコヴェント・ガーデンで妊婦の死体を解剖したときと変わらなかった。一七六〇年代後半のある冬、ハンターは六羽の雄のイエスズメを捕まえて、交尾期が近くまでに睾丸の大きさがどれだけ変化するかを観察した。すると、直径が十倍も増えた。一月にピンの頭頂ほどだったのが、四月にはビー玉くらいの大きさになっていたのだ。「これほど短期間で変化するとはすばらしい」と彼は感心しながら記録している。
そっか、最近バードウォッチングをしていて、繁殖期とそうでない時の異性に対する態度とか、なんでそんなにキッパリ時期で分かれるんだろう?って不思議に思ったりもしたけれど、睾丸が十倍にも膨らむんじゃ(鳥類に著しい特徴らしく、百倍以上のこともある)、そりゃフィーバーしちゃうよなあと納得。その一方で、繁殖期以外の時期も番いを作る鳥も多いのを見れば、そうか、気のおけない片割れと暮らすってのは、繁殖以外の安心感への本能としてもあるのかなと考えたり。


ヘンリー・キャベンディッシュ (1731-1810)

それから、キャベンディッシュも面白いんだよな。
すっごいお金持ちの貴族で人見知りのため、屋敷の中でも人に会わないようにして暮らすヤツ。ふんだんな資金に任せて孤独に実験しまくり、シャルルの法則、クーロンの法則、オームの法則、その他もろもろを発見者として名を残す科学者たちよりずっと前に、しかも正確に見つけていたが、別に発表しないで終わる。死後だいぶたってから遺稿を見つけた科学者、仰天。まあ金も名誉もあるし、実験は趣味だし、苦手な人付き合いまでして発表しなくても良いかって感じだったのか?

『異貌の科学者』(小山 慶太)

キャベンディッシュ本人については、なにぶん全く人付き合いしない(そしてしなくても困らない)人物だったため、記録も少なく、面白い伝記ってのもなさそうに思う。材料少なすぎ。

ただしこの本は、キャベンディッシュに魅せられた科学者マクスウェルから連なる科学者たちの興亡(早熟な天才だった科学者も、老年には若い才能に対する古い邪魔者になってたり)を描いていて、ちょっと面白かった。

  さて、キャヴェンディッシュの遺稿との運命的な出会いをしたとき、マクスウェルは四三歳であった。科学者としてまさに油の乗り切った時期に、キャヴェンディッシュ研究所長としてのマネジメントをこなしながら、五年の長きにわかって、未発表論文の出版に心血を注いだわけである。
  ということは、マクスウェル自身の貴重な研究時間が、この発掘作業のために、犠牲になったろうことは間違いない。これは、考えようによっては、もったいない話だといえる。(中略)「男が男に惚れる」という言い方があるが、これをもじれば、「天才が天才に惚れる」とでも表現できる結びつきが、ちょうど一世紀の時間を隔てた二人の間に生まれた訳である。(略)
  しかし、その喜びに浸る間もなく、論文集刊行からわずか数週間後の十一月五日、マクスヴェルはケンブリッジで亡くなった。



アラン・チューリング (1912-1954)

それから、有名どころだと、チューリングも。
第二次世界大戦での暗号解読と、人工知能のチューリング・テストで有名な元祖コンピュータの生みの親。同性愛で有罪になり(当時は法律違反)、不遇の最期を遂げた。

『イミテーション・ゲーム』

チューリングの伝記映画。長女をベネディクト・カンバーバッチのファンにした一本。まあコレ見たらファンになっちゃうよなーって感じ。

スパイ物のようなハラハラ感もありつつ、全体的に「人に分かってもらえないけど仕方ない」という報われない孤独な天才の諦らめ感が漂う切ないストーリー。映像も静かで美しくて良かった。



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あとは、エジソンのライバルのニコラ・テスラ(1856-1943)なんかも登場してて、鳩への溺愛エピソードに覚えがあるなと思ったら、荒木飛呂彦原作の『変人偏屈列伝』(荒木が全部書いてる訳じゃなくてイマイチだったけどな……)に出てた人なのだった。『変人偏屈列伝』ではそんなにインパクトなかったが、次はテスラの伝記とかも読んでみようかな。

by macchi73 | 2019-04-06 23:30 | 面白かった本など | Comments(0)
2018年 11月 22日
種まき(ミックスシード)
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ちょっと適期は過ぎちゃったけど、秋まきの種を庭にまいた。

今年は手抜き。何も考えず、色んな種がミックスされたサカタの「フラワーガーデン」の種をばらまくだけ。

空気は冷んやりしてるけど、地面には明るい光の斑が散って、陽の当たってる地面の土に触ると温かい。多分まだしばらくは、昼には発芽温度にもギリギリ届いてくれるだろ、、、と希望的観測。
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大きい種、小さい種、薄くて軽い種、重い種、よく知った種、ちょっと何だか分からない種、いろいろ入ってる。どんな花畑になるかは、運を天にまかす。よろしく、天。




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種まきして家の中に入ると、急にしとしと雨が始まることって何故か多い。その度にいつも、あー恵みの雨だな、種も芽吹くだろうな、って何とも言えない満ち足りた気分になるんだけど、これも天のおかげか。……って、単に選択的な記憶か、そういう季節に種まきしたくなるリズムってだけか。

しとしと雨を窓の外に聴きながら、映画みて一服。静かって幸せ。


『パターソン』(ジム・ジャームッシュ)


物静かなバス運転手のパターソンと、家庭の日常をユニークな料理や行動で彩る美しい妻の、なんでもない一週間の話。

パターソンは毎日コツコツと詩を書いてるが、誰に見せようという訳でもない。妻は部屋の飾り付けに・装いに・カップケーキ作りにと、常に独特の創造性を発揮しまくるが、職業的アーティストという訳でもない。

でも毎日が淡々と楽しく美しく、そうだよなあ、洞窟の時代から人間って絵を描いたり歌ったり物を作ったりするのを楽しむ自然な性質があるんだもんなあって、しみじみ感じた。

全体的には、オシャレ映画と言えるだろう。でも、オシャレ映画のこそばゆさがあまりないのは、主人公パターソンが、なんとなくジャイアント馬場に似てるからだと思う(独断)。

ジャイアント馬場って、ショーマンっぽくないというか、周りにワイワイ囃し立てられても、何かもの言いたげに(or 言いたくなげに)鷹揚に微笑むだけで、何となく居心地悪そうなところがあった。そして巨体と無言の微笑みの影に見え隠れする知性と諦念(独断)。

パターソンにも、隠れたアーティストであることの素敵感だけでなく、それと表裏一体のそこはかとない所在なさや諦めみたいなものが感じられてグッと来た。美しい妻に振り回されがちなのもグッと来た。まあ一言でいえば、こんな伴侶がいたら良いなとグッと来た。

美しくて予想をいつも超える妻は、美しくて思い通りにはならない世界と等価のものなんだと思う。つましい暮らしなのに高価なギター欲しがっちゃうし、ユニークすぎる料理も作るし、家の中も塗りたくっちゃう。でも温かくてキラキラしてるからOK。思い通りにならないのが寧ろOK。当惑しつつも、「それでいいよ」ってそりゃなっちゃう。それでいいよ、って姿勢の中には、自分の外側にあるものへの驚きと愛があると思う。




by macchi73 | 2018-11-22 23:35 | 面白かった本など | Comments(4)
2018年 11月 16日
アルプス乙女の焼林檎(と言い訳)
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テーブルの上に直径5cmくらいのアルプス乙女の実を転がしておいたら、これ食べるの?と娘が気にしてる。そうだなー、今度子どものイベントがあるよね、その夜にでも焼き林檎にしよっか、なんて考え無しに答えた。

でも仕事が立て込んで、当日の夜は早く帰ることはできなかった。まあ良くあることで珍しくも無いし、そんなに気にもしなかった。いつものことだ。遅く帰宅して、パジャマ姿の娘に「リンゴ楽しみにしてたのに」とか言われて、ああごめん、また今度ね、とか軽く前言撤回したら、えー今からでも作れない……と言う。

その様子が思ってたより残念そうだったので、なんだ期待してたのかと、億劫だったけど重い腰を上げて小さな林檎を焼いた。夜のコンビニに付け合わせのアイスクリームを買いにも行った。家族揃って夜のデザートを食べた。美味しかったーと伸びをする子を見て、ちょっと考えた。

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約束破りばかりの母だったが、それでも面倒臭そうにでも自分のために動いたこともあったかな……くらいに思い出してくれれば幸いだ。なんてね。そう都合良くはいかないか。「いつも約束破って、子どもは後回しの母だった」とかいう記憶になっても文句は言えない。

でも、親になったからって、いきなり人格や能力が向上する訳も無いと思うんだよな。世の中、優れた人ばかりではないので、子どもの多くは欠点だらけの親を持っているはずだ。良い親にあたるか、そうでないかはただの運だ。優れた親に当たった子は幸運に感謝して、そうでない子は諦めるしかない。リソースには偏りがある。仕方ないことだ。

だけど愛着の有無は、良い親だったか悪い親だったかだけでは判断できない。それは行動の上の微かな気配として顕れる。欠陥のある人間でも、誰かのためにほんのちょっとでもいつもと違うことをする(またはしない)エピソードによって、その人にとってその誰かは、ある程度は何らかの意味を持つのだということが分かる。

親の良し悪しは単に親個人の能力の問題(子にとってはメリット・デメリットの問題)だが、エピソードというのは両者の関係性の問題なんだと思う。思い出に重要なのは、後者の方かも。

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そういう意味で、けっこう面白かったアニメ。「酷いことを少しセーブする」というところに漂う家族の絆(?)。

Rickは酷い祖父だが、でもだからと言って孫Mortyとの間に固有の思い出が築かれない訳ではない。沢山のパラレルワールドの中で、Mortyに憎まれるRick, 恐れられるRick, 何らかの絆はできているRick, 色々いるのは、同じ組み合わせでも、まあ微妙なタイミングで関係性ってのは変わり得るってことだろうな。それも運か。

Rickest Rick だから Mortiest Morty を連れているのか、その逆なのか、そこは分からないところにも思える。多分相互で影響しあった結果がその関係性なのかも。
Maybe I don't connect because I'm the Rickest Rick, there is... and you know, it would go without saying that the Rickest Rick would have the Mortiest Morty.


(連続再生はこちら)

by macchi73 | 2018-11-16 23:55 | 面白かった本など | Comments(0)
2018年 11月 10日
離れていても通じる気持ち
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金曜の夜に昔の友人たちと飲んで、土曜日は寝坊した。

起きたらお昼過ぎ。がーん。

……でもクヨクヨして更に時間を無駄にしても仕方ない。それで午後の黄色っぽい光の中、昼風呂して、洗濯して、ちょっと庭を整備。毎年今の時期になると、植えた覚えのない白菊が庭の色んなところで咲いている。
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それから映画を1本見て、PTAの集まりに出かけた。集会が終わったら20時過ぎ。小さい夜景が見える高い場所に登って、少し散歩してから帰った。夜気は涼しいようなまだ暖かいような、散歩にぴったりの空気。

それで帰宅後しばらくしてから、子どもたちを散歩に誘った。週末だから夜更かしOKだろ。2,3kmをおしゃべりしながら、夜中までやってる喫茶店まで歩く。末っ子は夜遅い外出が珍しくて興奮するのか、上の子にまとわりついてはしゃいでる。子どもたち、とても仲が良くていっつも一緒に笑ってるのが見てて楽しくもあり、でも春にはもういなくなっちゃうのかと思うと、末っ子が寂しがるなあと心配なのもあり。

それで夜遅くにそれぞれお好みのお茶とケーキを楽しんで、また2, 3km、子どもたちのお喋りを聞きながら帰った。こういう賑やかな笑い声を聞けるのもあと少しなのか。

夜の道沿い、月見草がいっぱい咲いて揺れてた。子供たちが往路で何輪か摘んで小さな花束を作ったら、復路にはもう萎れてる。月見草は一夜草だからなあ。儚い命だ。
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今日みた映画。何故か白黒。でも、全く白黒映画っぽさ(?)がなく、後から思い出すと「あれ、本当に白黒だったっけ?」って気がする。一体なんで白黒で撮ったんだろうと不思議に思ってしまう反面、自然に見られたってことは白黒で良かったってことなんだろうな。

『フランシス・ハ』(ノア・バームバック)

『イカとクジラ』が面白かったので、同じ監督の他の話もと思って観てみた。話が淡々として散漫で、この映画は(&主人公は)一体どこに行こうとしてるのか?って感じなんだけど、なんとなく最後まで飽きないで観られた。

主人公は老け顔に反して内面は妙に子どもっぽい感のある27才ダンサー。ダンサーになる夢はあるけど才能の煌めきは無さそうで、愛に対して理想はあるけどどうしようもなくモテなさそうなドタバタ感が漂う。

色々上手くいかない時にほろ酔いで「私の愛の理想は、離れていても……云々」とか語り出して周りに引かれてるシーンは、空気が読めない主人公のキャラクターを表してるのかな?くらいにしか思えず、言ってる内容も全くピンと来なかったけど、最後の方で言いたかったことがよく分かる場面があってとても良かった。言葉ではよく伝わらない複雑なことが、無言の視線でよくわかるってのは良い映画だと思う。

若い女性が主人公ということで自動的に期待してしまう分野の映画ではなくて、老若男女誰にでも等しく当てはまるところがある話だった。一度本当に何かを分かち合った相手とは、離れていてもずっと繋がっている。そういう関係性が出来上がっている。




by macchi73 | 2018-11-10 23:55 | 面白かった本など | Comments(0)
2018年 09月 02日
シジミとイカとクジラ
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仕事から帰宅すると、普段会えないお客さんが家族たちと盛り上がっていて、夜中まで宴になったり泊まって行ったりということが続く。ご馳走だったり懐かしい顔だったりで楽しいけど、私だけ翌日休みでないことが多くて寝不足でふらふら。夏休みを感じる。

土曜の夜も帰宅したらお客が来てたが、私は居眠りしてしまう。お疲れだね、と寝顔の写真を撮られて恥ずかしい。慌てて「ちょっと失礼」とか言って、溜まった家事を片付けに立ちながら、騒々しい宴を尻目にそっと家を抜け出した。それで一時間半ほど暗くて静かなスパで眠ってスッキリしてから帰った。お店から出たら、真っ黒な夜空にザワザワ木々が揺れてて、顔に当たる雨粒まじりの風がいかにも夏の終わりっぽい。あ、夏休みも明日で終わりなんだっけ……と思う。途中のコンビニでアイスコーヒー買って、濡れた草のそよぐ土手で風を浴びて一人夏を惜しむ。彼岸花が一輪咲いてた。戻ったらみんな寝支度に入ってた。寝る前に映画を一本観た。ものすごく面白かったが、見回したら今度はみんなが眠ってた。

翌朝は全員で寝坊する。昼頃、駅まで送るついでに一緒にブランチしてサヨナラ。末っ子と、明日からの新学期の買い物しながら帰る。

お客さんがいる間は生意気なセリフ、つっけんどんな素振りを見せていた末っ子が、二人になるなり自然に手を繋いで明日のことを色々と話しかけてくる。ふふ、これって上の子たちも同じようなことあったなと思い出して少し可笑しい。でも、末っ子にとっては初めてのことなんだ。
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なんやかんやで、結局、今週も庭仕事しなかった。来週は週休二日確保できるだろうか……。

門を開けて雨上がりの庭を通ると、歩くたびに足元から沢山の薄青い蝶が飛び立つ。雨の日は特に動きが美しい。一夏越すといつもとんでもなく荒れた草薮になってしまう庭(今年は特に酷いかも)が恥ずかしいけど、これも綺麗で好きなんだ。



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すごく面白かったのに、誰とも分かち合えなかった映画(みんな寝てたから)。

『イカとクジラ』(DVD)

嫌なファミリーストーリー。

場面によって、父、母、次男のどの立場も気持ちも少し分かって、親でもあり子でもある自分を投影して、ううう……と恥ずかしく痛い気持ちになった。

長男の内面だけあまり親身には理解できず、どっちかというと母親の気分になって苦々しく居心地悪く観ていたが、最後のイカとクジラの場面で、そっか、どんなヤツでもそうやって大人になるんだった、頑張るんだ、と何とも言えない気分が湧いてきた。

その時はどうしても直視できなかったことが、未来から振り返ると、よく見て自分なりの理解ができることがある。

まだ自分なりの経験もそんなに無いうちは、周囲から聞かされる倫理や物語を取り込んで、自分のものだと信じてしまうことがあるんだろう。大人は子供に好かれる必要って全く無いが、子供は大人を好く必要から、その大人の歪みも取り込んでしまう面があるのは痛々しい。そういう風にとりこんだ成分も、もちろん自分を作る一部ではあるんだけど、いつかイカとクジラが何だったのかを本当に自分で見て知るためには、人の物語を借りて決着させず、直視できなかった出来事もそのままの感触でペンディングして取っておくことが大事なのかも。

長く生きれば生きるほど、起こった出来事を振り返って自分自身で下す判断は、「これも良し」ってなる気がする。夫婦関係にせよ子供時代にせよ、本当の価値は、良い悪いじゃなくて、自分で体験した一回きりってことの内にあるんだと思えば。



by macchi73 | 2018-09-02 23:55 | 面白かった本など | Comments(9)
2018年 08月 26日
インドア週末
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▶︎ 窓からの緑の光がとんでもなく黄色っぽい。台所も居間も、一面、黄緑に染まって、イエローグリーンのフィルタをかけた照明を当てたようになってる。黄緑って、綺麗だけど暑苦しそうな色だよなあ!今週末は庭仕事しようと思ってたけど、やっぱりもう少し色温度が下がって、冷たい緑になってからにしよう(←軟弱)。

▶︎ だらだら映画を見て過ごす。『オール・アバウト・マイ・マザー』、『グランド・ブタペスト・ホテル』などなど、カラフルな映画に絞ってみたら、なにか自分でもカラフルな可愛いものを作りたくなった。


『ティンカーベル』、20分ほどの短編だが、小さな女の子という生物の可憐さ、特別さに震える。女の子が写ってる時だけ世界はカラフル。ただしそれ以外のシーンは男たちの流血世界。


▶︎ ぷらっと入った店がボタン屋さんだった。舶来物のガラスボタンがいっぱい並んでて綺麗。宝石っぽいガラスのを二つ買って帰る。紫色のと黄緑色のと。

▶︎末っ子が、 Tシャツと短パンで「うう暑い……どこも締め付けない涼しい服が欲しい……」と唸っている。それより涼しい格好っていったら、もうアッパッパ(死語?)くらいしかなくないか?

▶︎ お出かけ中、娘がよく着ている夏服を、素敵な生地ねとほめられていた。よく考えたらずいぶん前(6年前!)に作った服だ。物持ち良いヤツだな。当初は長めのゆったりしたワンピースだったのに、今はお尻が隠れるくらいの丁度良いチュニックになってる。背、伸びたなあ!その形、似合ってるな。

▶︎ 同じような形で、今の身長に合わせたワンピースを作った。すごく簡単な形なので、1, 2時間あればできる。脱ぎ着しやすいように、首まわりのヨークは伸縮性のある生地にした。表地は生成りに色とりどりのニップがあるしっかり目の綿ジャージで、裏地はラベンダーの薄いフライス。ガラスボタンを飾りにつけてみたが、「紫 v.s. 黄緑」「中央に配置 v.s. 肩に配置」で女3人の意見がばらばらに割れる。結局、作り手である私の判断で、紫ボタンを肩のところにつけた。が、黄緑を中央でも良かったか……!?
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▶︎ 足の行儀が悪い娘のために、裾にはリブ生地をつけた。すぐに寝そべってニョキっと足を投げ出す娘だが、これならパンツ丸見えじゃなくて安全。立った時にはコクーン型のシルエットになるのもイイ。なんとなく60年代、またはドラえもんの未来人スーツの雰囲気あり。可愛くできた。

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『絵と色の布でつくる―nani IROの服の本』(伊藤尚美)

今回使ったガーゼ生地は、 水彩画家の伊藤尚美の“nani IRO” というシリーズ。

前に近所の店でいくつかまとめて買ったものだが、手触りも良いし、模様も大きな一枚の手書きの絵のようで、何を作るにも面白く使えてる。


『オール・アバウト・マイ・マザー』

最愛の子供を亡くすという悲しい話のはずなのに、なんか吹き出してしまう変な映画。ギャグではないのだと思うが……。

でも、見た後はなんかスッキリする。出来事に良いも悪いもなく、善人も悪人もなく、ただみんな同じ世界で生きてるだけなんだと思わせられる。

出てくる女たち(?)がみんなそれぞれ綺麗で目が離せず、これは『ティンカーベル』の少女とはまた違う、太い美しさ。



by macchi73 | 2018-08-26 20:00 | 面白かった本など | Comments(0)
2018年 08月 24日
ハンカイソウ(樊噲草)
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湿原や水場付近の湿った草原に生えるゴツイ感じのキク科の花。大きい。そして硬そう。

大柄な姿が漢の武将、樊噲を連想させるため「ハンカイソウ」の名がついた。ということは、中国原産なのかな?朝鮮〜中国〜台湾に自生し、日本だと静岡以西に分布する。

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樊噲とは、劉邦の幼馴染で義弟でもある勇猛な男。人たらしの才能だけあるボス劉邦と、その下に集った有能な仲間たちと一緒に天下を勝ち取る。

しかし天下取りで活躍した有能な仲間たちも、のちにそのボス夫妻にみんな粛清されてゆく運命を思うと、時の移り変わりを感じて悲しい。チーム一団となってボスを沛公から漢王にまで盛り上げた、若い時代がキラキラしてるだけに。


『赤龍王』(本宮ひろ志)


チーム劉邦、右後ろに控えるのが樊噲で、その右が名高い軍師、張良。

しかし司馬遼太郎の『項羽と劉邦』でも、本宮ひろしの『赤龍王』でも、エピソードのドラマチックさは、ライバル・項羽の方が勝っている感がある。項羽には虞美人とのロマンスがあるけど、劉邦の奥さんは怖い。ラオウの黒王号的な、愛馬・騅(スイ)がいるのも格好良い。

楚を拠り所とする項羽が、四面楚歌に絶望して詠んだ垓下の歌をきけば誰でも泣く。樊噲草と同じように、虞も虞美人草として名を残しているが、花から想像するに、すごく可憐な感じだったんだろうと思う。
力は山を抜き 気は世を蓋う
とき利あらずして 騅逝かず
騅逝かざるは いかんすべき
虞や虞や なんじをいかんせん
物語ではライバルという感じだけど、たぶん実際は項羽は子供で劉邦は大人だったのかも。実は親子くらいの年齢差だし。

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ちなみに、項羽と劉邦が凌ぎを削るのは、秦の末期のこと。
秦の始皇帝は何度も暗殺を企てられていて、秦に故郷を滅ぼされた張良も若いころに暗殺に失敗したことがある。結果的に劉邦の漢王朝が秦にとってかわることになったので、張良的には悲願達成というところか。

『始皇帝暗殺』

悪者に描かれがちな始皇帝を、夢も可愛いところも繊細なところもある複雑な人として描いている映画。

勇敢なヒロインは架空のお姫様だが、史記にある色んなエピソードを色々取り上げつつ、暴虐の皇帝ができあがっていくまでの現実感のある一連の流れに組み立てていて面白い。

風景や城が大きくて、見てるとうっとりする。ヒロイン以外は役者らしい美形がまったくいないのも、なんか渋くて良い。



by macchi73 | 2018-08-24 23:55 | 【自然】雑草、野草 | Comments(4)
2018年 03月 20日
三月日記:ヒゲ好き疑惑
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お菓子食べて、映画見て、だらだら過ごす。そんな団欒があっても良い。この頃は西部劇が好き。

でも、「君らが好きなシャーロックの新しいの観るよー」と言えば娘たちが寄ってきて、「今日は刑事ドラマつきあうよ」と言えば夫がすごく嬉しそうにいそいそ準備するのに、「西部劇みよう!」と言うと、周りからサッと人がいなくなるのはちょっと寂しい風潮だ。

誰かと語り合いたく、職場でのトークにもちょくちょく西部色を挟み込んでみるが、誰も食いつかず。常に一瞬で流される。ちぇ。そんな感じでひとりぼっちで楽しむ西部劇、今のとこのマイ・ナンバー1フィルムは、セルジオ・レオーネ監督のOnce Upon a Time in the Westかな。

ウェスタン(”Once Upon a Time in the West”)

気の強いグラマラスなヒロイン、キャラの立った脇役たち、寡黙で謎めいているがそれがかえって微妙なおかしさを醸し出してる主人公ハモニカ、すべて完璧!

バリバリのマカロニ・ウェスタンのようでいて、時々挟まれるチラリズム溢れる謎の回想シーンにより「ハモニカ、お前は一体誰なんだ!?」というミステリ風味もほのかに漂う構成で、面白さいや増す。最後の回想シーンは圧巻。

間際にあいつは、ハモニカお前か!って思ったのか、最後までわからなかったのか?どう思う?(とか語り合いたい)

ウエスタン [DVD]

汚いヒゲのシャイアンが格好良い。綺麗なヒゲの鉄道王も渋い。登場人物みんなの背後にある個々の物語がちゃんと感じられるのが凄くイカす。

しかし、ハモニカの吹くメロディは、みんな褒めてたけどどうなのか?常にアレばっか繰り返してて、お前いいかげん他のフレーズも吹けよって、ボトルを割って怒り出す荒くれ男は誰もいないのか?

まあ、あまり芸達者になって、メリーポピンズのチムチムのハーモニカみたいになっても変だけどな……。


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西部劇と言っても、たぶん好きなのはマカロニ・ウェスタンで、アメリカの正統派西部劇はあんまり見ない。

どこが違うのかなーと思ったら、正統派は正義の保安官って感じであんまり笑えないけど、マカロニはただの個々の勢力争いっぽい感じで、どの悪役にも三分の理、って感じが良いんだと思う。

e0134713_14311640.jpg← 一番好きな悪役、『サボテン・ブラザーズ』のエル・アポ。凄い好き。

『サポテン・ブラザーズ』はマカロニですらないコメディだけど、中学時代からのお気に入りなので西部劇といえばまず一番に思い出してしまう。気に入った場面だけキャプチャーまでして、見れば即元気出た。


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ちなみに中二時代、あぶらだこの曲、「ローハイド」も西部劇の歌と思って愛聴していた。が、いま改めてタイトルを見たら、"Row Hide"(ってどういう意味だ?)なんだな。西部劇のRawhideとは別物だったのか……。



by macchi73 | 2018-03-20 23:55 | 面白かった本など | Comments(5)
2017年 05月 06日
ロビンソンの庭化
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ゴールデンウィーク3連休の夫実家帰省から戻ったら、庭の緑がグッと濃くなっていた。うわ。出かける前と様相が違う。例えるなら、紅顔の美少年だったのが、久しぶりにあったら髭が青々してたって感じ。毎年、GW帰省の前と後って変化が激しいんだよなあ。

初夏の庭、三日会わざれば刮目して。
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玄関を囲むように蔓を這わせているゼフィリーヌの花が一輪だけ咲いていて、扉の鍵を開ける間、バラらしい少し青っぽい芳香で迎えてくれた。今年最初のゼフィリーヌだな。
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先週今週と週末も出勤で、連休はこの3日間だけなので、私のゴールデンウィークはこの帰省でおしまい。

連休が終わってしまうのがなにか勿体無く、休みを最後まで有効利用すべく夜には窓を全部開けてガタゴトと衣替えやら部屋の夏支度やらしていたら、家の中を暖かい夜風が通って行った。その後、部屋全体が羽衣ジャスミンの甘い香り。

そっか、毎年思うけど、花の香りって夜の方が濃い。ジャングルも良い。

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でも、例年だと、帰省から戻る頃には庭が色んな花々でもっとカラフルだったと思うんだけどなー。今年は全体的に開花が遅いみたいだ。こう緑一色で鬱蒼としてると、昔みた映画、『ロビンソンの庭』を思い出す。



鬱蒼とした緑って格好良いじゃん、自然回帰って良いじゃん、スピリチュアルってヤツじゃん、とか廃墟に集うヤングなフーテンたちがシャラくさいことを言っていたら、どんどん増殖する緑の狂気に飲み込まれてしまいましたとさ、という話(←嘘くさい要約)。

当時、夜バイト後の時間潰しに行ってたオールナイト映画館で観た時は、湿気や緑増殖の感覚が生々しくて感動した。この不快が一周して快感になる感覚、分かるよなあと。

当時は自分もモワッとした空気の中、ジメジメと怠惰に所在無く暮らしていたせいもあるかもしれない。冷んやりドライなオフィスで一日中勤勉に暮らしている現在、もう一回見ても当時ほど身に迫った感覚を感じられるかは分からない。

ただ、初夏までは美しく優しい緑が、真夏にかけて突如凶暴な原始の緑に変化するという点については、常々マイガーデンにより身をもって知らされており、当時よりも今、より共感できると思う。

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by macchi73 | 2017-05-06 23:55 | 【庭】季節の様子・庭仕事 | Comments(5)
2017年 04月 18日
夕暮れの緑の光
夕方、空を見たらカラフルだった。

東の空は薄青。そこから上空を流れる雲は薔薇色で、西の地平は夕焼けで橙色に染まっている。沈む太陽はちょうど雲で隠れて光芒しか見えず、その雲の下で区切られた空の一角だけ、クリアな緑色に光っていた。

緑色の光ってあまり見ないから、しばらく見とれてしまった。
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太陽から地球に届く光は、大気圏に突入するなり大気中の窒素や酸素などの分子や細かい粉塵にぶつかって、波長が短い光から順に四方八方に拡散しては消えていく。なので、空の色って、自分が光の散乱度合いのどこにいるかによって見え方が変わってくるのだと思う。

可視光線の波長は、短いものから順に、青紫・藍・青・緑・黄・橙・赤だ。
だから太陽光線が大気圏に入ってすぐの空の色はきっと青紫~藍色で、それから真っ青になり、段々と緑が混ざった水色のグラデーション、もっと進むと黄色~橙色になって、最後は赤色光だけが残り、その先は人の目に見える光は消えてしまうんだろう。

ふだん緑色の空をそんなに見かけないことから考えると、青と緑の光は重なり合いながら水色の濃淡を作り、ほぼ一緒に拡散しちゃうのかもしれないな。その、青色が届かず緑色だけが残ったポイントがあの一角なのかなとか考えて眺めてたら、大気圏をあっちこっち散りながらの光の道のりが想像されて、ちょっと楽しくなった。

それかまたは、単に太陽の前にかかった雲がプリズムみたいな分光器の役割を果たして、緑の光を分離して見せてるだけっていう可能性も高いかな?緑の光だけが何か唐突な感じでポコッと雲の下に隔離されてる様子を見ると、そっちの方が正しそうな気もする。

詳しくは、こんど早く帰れた日、子どもと屋根の上で考えてみよう。

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子どもと一緒に空の色について考えるための覚書
参考サイト:

【光の波長と散乱】
イメージとしては、こんな感じか?
本当は、光っていうモノがそのまま遠くまで届くっていうよりは、電子の運動リレーで進んでいるように見えるだけという話も別のとこで読んだので、細かく見ると、もっと複雑なんだろうけど。水面の波もそうだけど、波形って成分自体が移動してるっていうよりは、エネルギーの移動なんだろうな。
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【光の波長と粒子のサイズ】
●可視光線の波長:赤700nm〜青紫400nm
●窒素:0.36nm
●酸素:0.34nm
●二酸化炭素:0.33nm
●一般的な雲粒:1000nm(=0.01mm)


【反射と散乱】
光は面にぶつかると反射する。しかし、自分の波長より小さな粒子にぶつかった時には反射せず、散乱しながら通り抜ける。光の散乱が少ないほど、光は遠くまで届く。

(A)粒子の大きさ<光の波長 → レイリー散乱(短い波長の光ほど強く四方八方に散乱される)
(B)粒子の大きさ≒光の波長 → ミー拡散(波長に関係なく、光の進行方向へ散乱される)
(C)粒子の大きさ>光の波長 → 反射(物体は反射された光の色に見える)

ふだんの空の色に影響するのは、主に(A)のレイリー散乱。
地球の大気を構成する窒素や酸素などの分子は光の波長より小さいため、大気中では、まずは波長の短い光が強く散乱する。空気中をさらに長く光が進む場合、より遠方まで届くのは、散乱されにくい波長の長い光となる。

以上のことから……

●昼間の空は青い:
昼間は太陽光の入射角が高く、地上までの空気の層の距離は短いので、より多く拡散されている波長の短い光(青紫・藍・青・緑)に染まって、空は青系に見える。

●夕焼け空は赤い:
夕方は太陽光の入射角が低く、人の目に光が届くまでの空気の層の距離が長くなるので、波長の短い光(紫・青)は拡散しきってしまう。そのため、拡散しにくい波長の長い光(黄・赤)だけが人間の目に届いて、空は赤系に見える。

●曇りの空は白い:
雲を構成する水滴や空気中の塵などは光の波長より少し大きいので、レイリー散乱ではなく、ミー散乱が起こり、全ての波長の光が等しく散乱されて空は白っぽくなる。

ちなみに、雲の隙間から太陽の光が柱状にさす薄明光線も、光の進行方向へ強く散乱が起こるミー散乱のせいっぽい。あれも綺麗なものだよな。
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旧約聖書のエピソードから、薄明光線はヤコブの梯子(ジェイコブス・ラダー)とも呼ばれる。


『ジェイコブス・ラダー』

自分は夢を見ているのか?狂っているのか?どこにいるのか?という恐怖と混乱の場面の中に、時おり唐突に静かな幸福の場面が挟まれる。

今だとわりとあるような映画かもしれないが、当時は結構ショックで、かなり好きだった。

陰惨な話が得意なウィリアム・ゴールディングの『ピンチャー・マーティン』に似た構造の話だけれど、ジェイコブス・ラダーの方は、悲惨の中のハッピーエンドだと思う。

この映画の中のマコーレ・カルキン、すごく良い。懐かしい子供のイデア。

天使みたいな人がいう。地獄で燃えているのは人をとらえて離さない愛着や思い出だ、それらは全部焼き尽くされる、でもそれは人を罰するためじゃない、それは……ってのは、多分本当にそうなのかもなと思うけど、それでもやっぱり、最後まで探し回って掻き集めちゃうだろうな、私も。



by macchi73 | 2017-04-18 23:55 | 【こども】自然学習、自由研究 | Comments(7)