カテゴリ:【その他】日記( 186 )

2018年 10月 12日
ずる休み
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(今日の写真は手元のものを適当にアップ。内容と関係なし)

仕事の予定が無くなった。で、急遽ずる休み。すみませんが今日は体調不良で休みます……なんつって。別に嘘をつかなくって良いんだろうが、休みたい気分だから休むよってのは、当日の朝だと、なんとなく言いにくい。

窓から見たら、天気良し。ウキウキする。

で、まずは夏の後始末をした。
風呂場の天井の角に黒いカビが繁殖しちゃったのがずっと気になってたのだった。普段の風呂掃除で手が届かない場所。先端にスポンジがついた長い棒(優れもの!)を買ってきて、隅から隅までカビキラーをした。

がらんと天井の高い風呂空間が、天国のように真っ白になって眩しいくらいだ。空気が塩素臭に満ちて、清潔感を強烈に主張する。マスクを外して、風呂の窓々を開けて風を通した。一つ、片付いた。

e0134713_2171213.jpg(牛殺しのマス、黴殺しのマチ……。

カビは殺すが、粘菌は殺さない)


それから秋の衣替えもした。
夏服をずらっと洗って干して押入れにしまい、秋物に入れ替える。穴があちこち開きまくりの愛用パンツを一本捨てて、仕事用にミセスっぽいパンツを買った。へへ。変な感じで笑った。けど、多分人から見たらこういうのが年齢的には似合ってるのかな?よくわからず。まあ単なる記号だからOK。家族全員にお揃いの柔らかい綿ニットも買ってタンスの引き出しに入れておく。よし、二つ片付いた。

e0134713_2171074.jpg(ちょっと前にジュウジナガカメムシの群れを見た。

もっと寒くなると、集団越冬の冬ごもりのためにも寄り集まる)


夕方遅くには、子の学校の役員決めに出かけた。
決まるまで毎晩集まりますよという声に、みなが俯向く。別にやっても良い気もしたが、重い空気に迂闊に動けず、無駄に様子見をする。そのうち窓の外が黒くなった。せっかくの休日、早く帰りたくて、スイマセン……と手をあげたら、パタパタっと決まって帰宅できた。みんな感じの良いお母さんたちで気楽になった。外出ついでに夜の灯を見ながら散歩して、本を買って帰った。三つ片付いた。

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そして休み明け。
色々片付けられてなかなか良い休みであった……と清々しい気分で出勤したら、どういう話になってんのか、全く仕事のやりとりもない部署の人たちからまでお気遣いの連絡があって慌てた。何か大げさに伝わったらしい。言い訳の体調不良をすっかり失念して、朝から元気一杯にしていた。

そこから急に「体調不良だったけどもう大丈夫系」の小芝居をするのも恥ずかしく、でも心配されたままも悪い気がしたので、えーと、すいません、ちょっと嘘でした、なんて方々にお伝えするハメになって、失敗。嘘をつくときは慎重に。

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ずる休みの夜の読書。よりによって労働の本。

シモーヌ・ヴェイユは20世紀フランスの女性哲学者だが、不幸や痛みが恩寵として強調されている一連のテキストは、哲学というより、ちょっと詩的な信仰や祈りのようで胸に迫る感じがあった。


『シモーヌ・ヴェイユ・アンソロジー』(河出文庫)

ヴェイユは第一次・二次世界大戦の頃に子供~大人時代を過ごし、人が機会のように扱われる工場勤務などを経験し、終戦前に34歳で衰弱死(拒食による餓死?)で亡くなっている。

『工場生活の経験』『奴隷的でない労働の第一条件』等々のタイトルからも何か伝わって来そうだが、弱い立場でクタクタになって、しかも巧い言葉も持たない労働者たちの生き方を見て・味わって、ぐるぐる考えた人っぽい。

この重苦しい空虚さは、あまりにも苦しませる。それは、教養がなく、知性が低い多くの人々にも感じられる。自らの条件からして、その空虚さがなんであるかがわからない人は、生涯に亘ってその空虚さを耐え忍んでいる人の行為を公正に判断することができない。この空虚さは殺しはしないが、それはおそらく、飢えと同様に苦しませる。おそらくはそれ以上である。(略)

癒す薬に選択肢はない。それはただひとつしかない。ただひとつのものだけが、単調さを堪え忍ばせる。それは永遠の光である。それは美である。(略)

美は大衆のためにあり、大衆は美のためにある。他の社会的条件にある人にとっては詩は贅沢である。大衆はパンのように詩を必要としている。言葉のなかに閉じ込められた詩ではない。そうしたものは、それ自体、大衆の何の役にも立たない。大衆が必要としているのは、その人の日常生活の実態それ自体が詩であるということだ。

こうした詩の源泉はただひとつしかない。その源泉は神である。

単調で疲れがちで無意味な生に意味をもたらすのは美だというのは、凄く共感できる。
美って、別に綺麗なものということではなくて、美醜に関わらず、自分の外側に・自分とは関係なく厳然として在るものはみんな美の一部かもなと感じる。どこに美が宿っているとかいうのは細かく切り分けては区別できない。全体に宿っている、としか言いようが無い。

でも、最後はどうしても神との関係に思索が進んで行くところは、やっぱり一神教西洋哲学の定番なのか?それとも、若くして亡くなった人だからか?

もしかしたら一神教世界の人たちがいう「神」は、東洋の自分が思うところの「宇宙」みたいなものなのか。それなら単語を差し替えれば幾らかしっくり来て、ちょっとは感覚がわかる気もする。

* * *

ところどころで言及される「叫び」についても、考えさせられるところがあった。自分も目にしたことのある場面が、色々な実感を持って思い出された。
奴隷のようにあまりに打撃を受けすぎた人において、悪を課され、驚いて叫びを上げるこの心の部分は死んでいるように思われる。だがこの心の部分はけっして完全には死んではいない。ただこの心の部分はもはや叫ぶことができないだけである。この心の部分は、聞きとられることのない、絶え間ないうめきの状態に置かれている。

だが叫ぶ能力が無傷のままの人であっても、この叫びが、内的にも外的にも、理路整然とした言葉となって表現されることはまずない。たいていの場合、この叫びを表現しようとする言葉が完全に間違ってしまっている。

このことは、悪を被っていると感じる機会を頻繁にもつ人がもっとも語る術をもたない人であるだけに、いっそう避け難い。たとえば、軽罪裁判所で流暢に気のきいた冗談を交えて話す裁判官の前で、ひとりの不幸な人がもごもごと口ごもる光景ほどおぞましいものはない。

大人の前で口ごもる子供、有能を自認する人たちの前でしどろもどろになる「クリエイティブでない(←嫌な言葉だ)」と言われる人たちーー。

そういう時って、スマートでない側が発するモゴモゴした主張に対して、スマートな側からは色んなアドバイス・提案・批判等が与えられるが、そもそも、そのモゴモゴが本当に言いたいことを表してないのだとしたら?
……受け取る側も、まずは沈黙を以って耳を澄ますべきなのかも。
「なぜわたしに悪がなされるのか」とある人が心の奥底から叫ぶとき、その人には悪がなされている。どのような悪を自分は被っているのか、誰が自分に悪を課しているのか、なぜ自分に悪が課されるのかをよく考えてみようとすると、間違えてしまうことがよくある。だが叫びが間違えることはない。(略)

自分に悪がなされないようにという要求は、あらゆる人間の魂のうちにたえず立ち昇る。(略)「なぜわたしに悪がなされるのか」と問う魂の部分は、あらゆる人間のうちに、もっとも穢れている人のうちにさえも、幼児期から完全に無垢で完全に無邪気な状態で住まわっている奥深い部分である。

思うに、人間も他の動物も、この地球の風土に適応して、その成分からできてる生き物だから、自動的にこの世を快適で美しいと感じるようにできているんだと思う。で、それが裏切られたと感じるとき、何が悪いんだか表現できなくても、こんなはずじゃないって叫んじゃうんだろう。

それは社会的なものじゃなくて生物的なものだと思うから、たぶん論理で諭しても抑えつけても意味がない。
叫びのうちに逸楽を見出す人の精神状態と、叫びが発せられていることに気づかない人の精神状態は、一見そう思われるよりもはるかに近しいものがある。(略)この人たちが叫びに気づかないのは、自惚れているのである。(略)また、叫びに気づかないでいることのうちには逸楽が孕まれているからである。(略)わたしたちの意図を妨げるものがあるということを忘れさせるあらゆるもののうちには逸楽がある。こうして、戦争や内乱のように、そこに人がいるのに人がいないことにされ、人間があたかも操り人形のようにされる激動が、ひどく人を酔わせるのである。同様に、奴隷制度は主人にとってとても居心地の良いものとなる

色んな意味で、その種の奴隷制度(的なもの)を広めないように気をつけようと思った。
いつも外側に自分と全然違うものがあるのをよく味わえるように。日常に詩を見出せるように。
* * *

ヴェイユって、ちょいこの曲ぽい。古いか。



20年近く前に観てたドラマTRICKの主題歌だったせいで耳に馴染んだ。
ドラマ開始から14年後の劇場版には感動した。
最初、チョー可愛い子だなあ!と思って毎週観てた女の子が、いつの間にか大人になってるという現実の時間が、物語の中の時間とぴったり重ねられてて。

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by macchi73 | 2018-10-12 23:00 | 【その他】日記 | Comments(0)
2018年 09月 24日
さよなら準備
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今月は毎週末も出勤して仕事、日付が変わってからの帰宅なんかを続けていたら、あ、もうダメだ、ってアラートが脳内で鳴って、今週末は休んだ。数年前までは全然平気だったけどなあ。年取ると、集中力も体力も続かなくなるんだなと実感。ううう。調子悪い。

土曜日、ムカムカする胃とズキズキする頭を抱えてたら、末っ子にトレジャーハンティングに誘われた。小さい頃から毎年参加しているイベントで、街を歩き回りながら謎解きのヒントを探し、最後の謎を解いたら宝物がもらえるというイベント。凄く疲れてるしどうしようかなーと迷ったが、末っ子も今月でティーンズの仲間入りしちゃったし、もう親子で遊ぶこともそうそう無いからなーと、重い腰を上げる。そして界隈をうろついていたら、小さいお子さんたちを連れた知り合い家族に遭遇した。チビッコたちの手にも、同じトレジャーハンティングの本。

「へえー、こんなに大きくなっても、お父さんお母さんとやるんだ!可愛いねえ!!」と愛のある一撃を喰らった末っ子、もぞもそと私の背後に回って「うーん、毎年やってるから……一応……」とか小さい声で返す。あれ、照れたりするようになったんだ、ふふ、可愛い!と、さらなる追い打ち。笑ってはいけない、これは笑ってはいけない場面だ、絶対に……!と自制しようとするが、腹の底から、イッヒッヒと意地悪な笑いが込み上げて止まらない。子供と大人の間を揺れ動く思春期には、辛い場面だよなあ。その後、ひとしきり世間話してサヨナラしてからも、微量に不機嫌が混じってしまった末っ子の様子が面白くくすぐったく、ついついニヤニヤしてしまう。とても正しく成長中だと思う。友人家族も、そのうち可愛いチビッコたちが大きくなったら、きっとティーンズへの禁句を知るであろう。

で、帰宅した後は、記憶がない。
すぐに倒れるように眠ってしまい、結局その日は大鼾をかいて残りの日を潰してしまったようだ。


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翌朝、寝坊して目覚めたら、家がピカピカに整理整頓されて飾られて、一人で忙しそうに立ち働く末っ子がいた。

うわー、どうしたの、凄いねと聞いたら、今日はなんだかやる気の日なんだ、寝てていいよ、マリオとレイクの誕生日の準備もしちゃうから!と言う。疲れた親に対する配慮なのか、それとも単に働きたい気分に襲われたのかは正直よく分からないが、そういう行動の端々にも何かしらの成長の徴が見えて、やっぱりニヤッと笑いが飛び出てしまう。
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翌々日は上の子たちの誕生日祝いをした。一人は転勤しまくりっぽい進路が決まっており、一緒に暮らす最後の誕生日の可能性が高いんだから豪華にやろうぜと、前から入ってみたかったお店に繰り出す。おめでとう、寂しいよ、と祝ってんだか祝ってないんだかよくわからないコメントとともに、末っ子から兄姉へのプレゼントが贈呈される。

食後、就職&誕生祝いに欲しいものあれば贈るよと百貨店等を見て回るけど、結局、友達のお父さんがやってるいつもの靴屋さんで靴を買って欲しいというので、そうする。毎年恒例・いつものお店、そういう小さな一つ一つが、これまで一緒に暮らす中で積み上げてきたものなんだなと感じて、また制御できない笑いがこみ上げてきてしまう。こっからは一気に手放すフェーズだな。感慨深いよ。

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お絵描き好きな、末っ子への誕生日プレゼントの一冊。
服飾史として読むべきところもかなり充実していて、面白い。




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by macchi73 | 2018-09-24 22:25 | 【その他】日記 | Comments(4)
2018年 08月 20日
ごちゃまぜ日記(急に涼しい8月末、火星大接近)
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金曜の夜、職場から出たらとても涼しくて空気が秋みたいだった。空一面を白い雲が流れていくのが夜なのに青空みたいで、しばらく見惚れた。

雲を照らす月の左下に、月に負けない明るさで赤く輝いてる星がある。そういえば、今年の夏は火星が地球に最も接近する瞬間にあたるからとても明るく見えるんだって家族が話してたのを思い出した。火星の軌道は潰れた楕円だから、近い時と遠い時の差がけっこう激しいらしい。

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自転車飛ばして帰宅。ノースリーブと丈の短いパンツだったので、ひんやりした秋風(気が早い?)を全身の肌で感じて開放感が物凄い。意味なく笑いがこみ上げる。あくびが出た時、風にむかってわざと大きく口をあけて肺に涼しい空気をいっぱい入れた。

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翌朝も起きたらとても涼しい。まだ八月なのにこの気候は何故だろう?でも天気予報を見る時間もなく仕事に出かけた。せっかくの爽やかな土曜に一日オフィスなのは残念だけど、窓を大きく開放して涼しい風を感じて仕事した。

それで夕方早めに仕事を終えたら、薄い雲が透明な光に透き通っていてとても綺麗。自転車で広い場所に行って、またしばらく眺める。なんかワクワクするような寂しいような気持ちがする。季節が変わる時の気分。

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休日。田舎の山をドライブ中、「あ、この道知ってる、子供の頃に親と一緒によく通った道だ!」と夫が言って、急に細い脇道にグイッと入ってしまった。そしたら、進むのに従って夏の草木がバサバサ、ギシギシとフロント、サイド、バックすべての窓に覆い被さってきて、緑以外は何も見えなくなった。かろうじて「これが道かな?」という地面の微かな跡を辿って進むが、途中で側面が崖となり、にっちもさっちもいかなくなって停止。

どうしよう、ここで車の扉を開けるハメには絶対陥りたくないよ……と震える声で話しながら辺りを窺う。誰もいない真っ暗な山林も怖いが、ここで人に会うようなことがあったらもっと怖い(何か悪いものを埋めてる人としか思えない)。「でも知ってる道なら進めば抜けるはずなんだ、もう進むしかない!」と夫が宣言し、藪をかき分けながらじりじり進んだ。

その後1,2キロ進んでやっと普通の山道になって、ホッとする。うわー、久々に怖い思いしたなー。

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そしていきなり眼下に弾ける花火。山の下に広がる町の方では、大きな花火大会が行われていたのだった。

で、豪華な花火も見られたし、まあこういうのも面白かったねと笑いながら明かりの下で見た車体の横腹に、木々の枝がつけたらしい沢山の爪痕が残っているのに気づいて、またゾッとした。レンタカー……。

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自宅に戻って庭をみたら、ジャングルになってた。
この荒んだ庭の藪の中に人が立ってる様子も、はたから見たらけっこう怖いかも。山の藪を思い出して反省。

涼しくなってきたし、次の休みにはきっと、秋本番に備えて庭仕事する。
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by macchi73 | 2018-08-20 23:55 | 【その他】日記 | Comments(0)
2018年 06月 13日
死んだ花の匂い
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夕方、銀ブラ。仕事だけど。

訪問先の店舗の後ろの事務用エントランスからビルに入ったら、シックな色のふかふかの絨毯、歩いても足音は立たず、ガラスの壁の向こうにキラキラする家具が並んで部屋いっぱいに花が飾られている。人の出入りと共にフワッと流れて来た香りは、少し饐えたみたいなうっとりする匂い。切り花だからかな?庭に生えている花とは違う匂いだ。ひっそりざわざわする人の間を通りぬけて、通りに出た。

薄暮の街は彩度が下がって透明な藍色に染まり、お店からの光が金色に通りを照らしてる。湿度が高いけどまだ暑くはなくて、夕方の風が気持ち良い。

すれ違った美人から、またさっきの香りに似た、古くて甘いような花の匂いがした。そっか。これって香水の匂いか。篭ったような生暖かいみたいな匂いだな。

家に帰ったら、庭で百合が咲いてた。甘く濃厚な香り。でも、生きて咲いてる花の香りってどこか冷んやりして新鮮だ。人間からする花の匂いと違う。

香水、気怠くていい匂いだったなーと思って、ちょっと君、香水持ってたよね、もしまだあるなら嗅がせてくれよ、と末っ子に頼む。いいけど減らさないでね、大事にしてるんだから、と自分の部屋から小瓶を持ってきてくれたのを、蓋をあけてくんくん嗅いだ。昔は臭いと思ったのに、なんだか良い匂いに感じた。不思議。

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パフュームボトル ペンダント


6年前、小1の誕生日に「ナルニアの魔女が持ってた魔法薬の小瓶が欲しいんだよう!オモチャじゃなくって本物がイイー」と難題を言う末っ子に、首飾りタイプのガラスの香水瓶をプレゼントしたのだった。中身はシャネルNo.5のミニサンプルを入れた(それしか香水名しらないから)。


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by macchi73 | 2018-06-13 06:00 | 【その他】日記 | Comments(4)
2018年 04月 26日
白い朝
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外から水の音がするので、下半身は布団に入ったまま、ベッド脇の窓を全開にしたら雨だった。

窓辺のエゴノキの枝を小川みたいに水がつたって、地面がぼちゃぼちゃ言ってる。裏庭の池、波紋でいっぱいの水面のむこうに、亀が沈んでるのが見える。

ざあざあ降りでも陽気がほんのり良い感じ(って、言葉としては変か?)で、半袖Tシャツ1枚でも全然寒くないし、空も明るく白っぽい。いつの間にか朝になるのがずいぶん早くなった。
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二十四節気でいうと、先週末が「穀雨」(田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨の降るころ)で、来週末が「立夏」(春が極まり夏の気配が立ち始める日)らしい。なんかいかにもそんな感じ。

盛大にジャージャー降る様子が爽快で、しばらくベッドの上から窓枠に身を乗り出して湿気を浴びてた。細かい飛沫も少々。気持ちいい。
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−−とか思っていたのが昨日の話。

今朝起きて目を開けたら、開けっ放しの窓の外に真っ白なエゴの花がいっぱいだった。窓から爽やかな風が吹き込んで来て、ちらちら花と光が揺れてる。昨日の雨は温かかったけど、今朝の晴れは冷んやり澄んだ空気。やっぱ晴れも気持ちいい。
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by macchi73 | 2018-04-26 06:30 | 【その他】日記 | Comments(2)
2018年 04月 01日
新年度
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年に続いて、年度も明けた。はー。嬉しいような、気重なような。

久々に大学生たちも一緒に、大勢集まってのお花見。各方面に散らばった幼馴染たちと会ったり近況を聞いたりする。結婚、就職、進学、独立などなど。みんな大きくなったもんだ!見事なくらい、全員ばらばらの道なのも面白い。

その後ろに、ちょっと小さい子たちが続く。
たくさんのお兄さんお姉さんに可愛がられてのびのび育って、後続の子たちってみんなマイペースで堂々としたもんだと思う。上の子たちへの口のきき方も生意気かつ対等で笑ってしまう。

やりとりを見てると、少し年長の先達たちが苦労して得た果実の恩恵を、君ら自然に浴びて育ってるところもあるなって思うけど。自分たちが最初から持っている環境の恵まれ加減に気づくのは、きっともっと後かな。
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by macchi73 | 2018-04-01 23:55 | 【その他】日記 | Comments(2)
2018年 03月 31日
三月日記:菫の群生
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今日は出勤がてら、毎年スミレが乱れ咲くお気に入りの場所をチェックに行った。

よし!今年も一面に咲き乱れて、地面がほんのり薄紫に染まっているのを確認!何ごとも変わりなし!
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ただ、あともう少しすると、あちこち株が掘り返されて穴だらけの地面になって寂しい気持ちになるのも毎年恒例のイベントなのだった。一応、園芸には全く関係無い公共の場所なんだけど、立ち入り禁止にはしていない寂れた場所なので、知ってる人は知ってる穴場なんだろう(私も知ってる訳だし。掘らないが)。

でもまあ、それでも毎年こんなに咲くんだから、菫ライフ的には掘られることも含めてうまく回ってるのかな。それとも全然掘られなかったら、これ以上の繁栄を誇ったりもするんだろうか。さらに高密度の菫の地面、見てみたい気もするが。
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ということで、これで三月日記も終わり!

園芸的に役に立つ記事もなく、本当にただの日記になっちゃったけど、とりあえず一ヶ月の頻回更新はやり遂げた(……って、別に誰の得にもならない試みだが)。この調子で、今年は計画的&有言実行でいく。ちなみに明日からは四月なので通常更新に戻してく(←有言しとく)。

次に有言実行するのは日々のエクササイズだ。もちろん、ブログには載せないが。
健診結果の跳ね上がり具合がとんでもなく、この急勾配を維持したら近々に天国の門が見えちゃうんじゃ?という現実への危機感を持って(大げさ)、次回の検診までには、きっと改善をする所存。末っ子が手を離れるまで、あと十年は元気で働かないとだしなあ。

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哀れ菫たちの拉致を予め知っているのに、不可避のイベントとして黙って見てる、そんな状況つながりで。

『予告された殺人の記録』(ガルシア・マルケス)

ミステリみたいなタイトルだが、ミステリではない。

マルケスの土着感&まじないに満ちた小説は、「これって面白いって言えるのかな?むしろ退屈か?」とかいつも頭の半分で思いつつ、どういう訳か凄く好きなんだけど、その中でも何故か(と思ってしまう……)小粒感のあるこの話が一番好き。

とても面倒臭い変人と人騒がせな女との、すごく馬鹿らしいロマンチックな物語でもあると思う。


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by macchi73 | 2018-03-31 23:58 | 【その他】日記 | Comments(5)
2018年 03月 30日
三月日記:春日
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数日前の暖かい夕方、1時間くらい散歩しようと、ポッケに財布だけ入れてシャツ一枚で家を出たら、ついでに買物してきて、と頼まれた。

満開でふんわりした桜が異常に綺麗で、桜を追って北北西に進路をとった。歩いているうちに少しずつ空がオレンジ、ピンク、ブルーグレーに移り変わって、物や人の形がぼんやりと判別しにくくなる。一方で、桜や雪柳、白木蓮や辛夷などの花だけは白く浮き上がって、夢みたいに綺麗。

気づいたら、すっかり夜だった。まずい、片道だけで絶対1時間超えちゃった、買物たのまれてたなと思って、大きい公園を抜けて近道で帰ろうとしたら、暗い林が延々続くので出口の方向がわからない。あまり知らない場所だし困ったなーと空を見たら、少し欠けた丸い月が明るく見えた。この時間帯なら(って、時計も無いけど)、多分あれが南東だろと月に向かってひたすら真っ直ぐ歩く。

さっきまではムワッと生暖かい空気に包まれて歩いていたのに、ところどころ冷んやりした空気が流れてきて、公園内には霧のようなものが発生している。暖かい空気と冷たい空気の塊が交互に肌に当たるのを感じて、暖流と寒流のぶつかる水域で泳ぐ魚ってこんな感覚なのかなと想像した。

家について、遅かったねどこまで行ってたの?と聞かれて、市を三つ越えちゃったよとルートを教えたら、ええー馬鹿だね、と呆れられる。でも、途中に見かけたお店でゲットした大きなステーキ肉を見せたら、ニコニコ顔になった。

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朔太郎の詩って、なんかネバっとしたところが好きじゃないが、この詩は好き。理由は、花が光るのを教えてくれたから。

花って、暖かい夕方から夜に特に光ると思う。


『萩原朔太郎詩集』
春日

恋魚の身こそ哀しけれ、
いちにちいすにもたれつゝ、
ひくゝかなづるまんどりん、
夕ぐれどきにかみいづる、
柴草の根はうす甘く、
せんなき出窓の菫さへ、
光り光てたえがたし。



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by macchi73 | 2018-03-30 23:55 | 【その他】日記 | Comments(3)
2018年 03月 24日
三月日記:冥途の旅の一里塚
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末っ子の卒業式の朝。
庭のゆすら梅の花が咲いてた。ダッチ・ヒヤシンスに遅れて、青いローマン・ヒヤシンスも庭中で咲き始めた。ローマン種はどんどん分球して、増殖していくヒヤシンスだ。いい匂いを吸い込んでから、学校に向かう。朝からちゃんとした格好で出かけて夫が窮屈そう。そう顰め面すんなよ、これも儀式だ。

卒業式の後、私と子供は謝恩会のためにレストランに向かう。夫は解放されてホッとした顔。こういう式とか集まりとか必要かな?と懐疑的なことを言う。私も面倒臭がりなので共感はするが、みんなお祝いモードの中でそう一休さんモードに入らなくても宜しいかとも思う。

昨日も明日も同じ一日といえばその通り、小学生も中学生も連続した日常といえばその通り。だけど、それだけだと区切りがなくてぼんやりしちゃうから、その先の未来を考えるためのマイルストーンとして、人は都度都度、儀式を設けてるんだろう。中学生になったら−−−と語る子供たちの様子を見るに、行き着く先は同じでも、途中の道のりを新鮮に味わうための一工夫だと思う。

長女が卒業式で着たのと同じワンピースを着た末っ子のスカート丈が長女の時よりだいぶ短く、スラッと足が伸びてるのを見て、あー末っ子は上2人よりだいぶ背が高いんだなと気づく。双子じゃないから栄養が良かったかな。それで、小さくて華奢だった双子たちの卒業式の姿も重ね合わすように思い出して、クスッとしたりして。 儀式は、何かを思い出すための標にもなる。(え?俺は全然双子の式とか覚えてないな、と夫。その今を生きる姿勢に、いっそ脱帽)

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アニメの一休さんは良い子だったのに。



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by macchi73 | 2018-03-24 23:55 | 【その他】日記 | Comments(3)
2018年 03月 21日
三月日記:春分の雪
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暖かくなったなー春分だしなーと言ってたのに、いきなりの雪。

朝早くから最後の係活動で小学校に行って、シーンとした休日の校内を一人で歩く。冷んやり湿った静かな校舎。上の子の時からずっと通って見慣れたものだけど、今後は来る機会もそうそうないだろうな。来月からはもう中学生か。早かったなあ。

それから子供達やお父さんお母さん先生方もやってきて、行事が始まって、行事が終わる。その間ずっと窓の外でぼんぼん降りしきる雪を見てた(一応、行事も見てた。子供達みんな大きくなった)。

庭に戻って雪景色の中を巡回すると、あちこちで咲き始めていたチューリップも固く閉じてしまっている。
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目の端で茶色の地面が動いて、よくみるとツグミが雪の地面を熱心につつきまくってる。お、保護色。鳥にとっては、急に雪だと困ることもあるだろうな。
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でも今回の雪は水っぽい春の雪が地面を薄く覆っただけで、たぶんすぐにとけそうだ。

このところ乾燥気味だったし、これで雪解け水をたっぷり吸えて、埃っぽい空気も一新されて、植物にとってはちょうど良かったかもしれない。子供達もみんなそれぞれ新しいとこの水に馴染んで、ぐんぐん伸びますよう。
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by macchi73 | 2018-03-21 23:55 | 【その他】日記 | Comments(0)