C'est beau la vie、『しあわせの雨傘』(カトリーヌ・ドヌーヴ)
2025年 11月 09日


雨の休日。暗いなあ。けど何となく心安らぐのはついに稼働開始したガスストーブの火と、シュンシュンいってる加湿器の蒸気のせいか。寒い時期の我が家の定番、甘い香りの紅茶でも淹れるか。
こうやって暗い台所で一人で料理してる時ってなんか芯からリラックスしてる気がする。手元の狭い範囲の一つのことだけ考えてるからかなあ。あとは、やっぱり火と湯気と良い匂いのせい。


最近はいつも息が浅くて肩に力が入っていて柔らかくなれないのを、なんとか力を抜こうと苦心してる。そんなことで四苦八苦してるところが、もう既にリラックスから遠い訳だけど。
用事が溜まっていく・時間がないということが頭を過ぎると胸を苦しくするので、休みもできるだけ朝のうちに家事は片付けて、終わったら朝風呂なんかも入っちゃう。はーあ、今日はもう用事はしないぞー、大丈夫、大丈夫と体を湯船で伸ばして、湯上がりは風呂場に置いたボディバターで全身が甘い匂いに包まれる。よし、ここでも温かい湯気と良い匂いでリラックスだ……
このところ続けて観たフランソワ・オゾンが綺麗な映像で心やすく観られる感じだったので、雨の日にちなんでもう一本、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『しあわせの雨傘』を観た。物語が胸に響いたのは最初に見た『秋がくるとき』で、眼福だったのは若さ溢れる『私がやりました』だったけど、堂々のドヌーヴが歌い上げるC'est beau la vie−−人生は美しい−−は、ふてぶてしいくらい心を落ち着ける安心感に満ちていて、これは母のイデアだ、と思ったな。
赤いジャージでランニングするドヌーヴ登場のオープニングがもう、安らぎに満ちていてクスッと笑ってしまう。
お飾りの壺(原題の”Potiche”)と呼ばれ家族からも軽んじられたりもする専業主婦の主人公が、ふとしたきっかけで自分の足で踏み出して行く……という定番のストーリーは、他の好きな映画『マダム・イン・ニューヨーク』や『カオス』とカテゴリは同じなんだけど。
どっしりと貫禄のあるドヌーヴの眼差しや姿勢が、なんつうのかな、最初から全然ただものじゃない感が凄くてなあ……葛藤の末に花開く女性というよりは、全てを受け止めて全く慌てず「はいはい、そう来るならこうするわ」みたいに皆を抱きしめる安定の大船感で、ずっとほんのり笑えた。ドヌーヴってユーモラスだよな。
最後の方は、あれっ、これって前にも観た映画だったっけ?と思いそうになったが、それは『ベルナデット』だった。『マダム・イン・ニューヨーク』が可愛い生真面目ママだとしたら、『カオス』はぶち切れママ、そしてドヌーヴは堂々の政界進出ママンだな。だっていつも人生は美しいしーくらいに嘯いて。滲み出る強者感。私も抱きしめて欲しい。きっと温かい香り。
ドヌーヴ・ママンから薫るのは、もっと大人の複雑な香りだろうと想像する)
若い頃のドヌーヴ様もいいけれど、このドヌーヴ様は最高でしたね。
原題は「置物」っていう感じの意味でしたっけ?そこから自分で動く人になっていくのも素敵。
「昼顔」を彷彿とさせる動線が流れている気もしないでもないと無理やり思ったりして。
いやぁ、いい映画を思い出させていただきました‼
そうそう、「装飾用の壺」って意味ですよね。でも中身は空っぽじゃなくてしっかり経験が詰まってたという。
決して笑いを取ろうとしているようには見えないのに、自然で堂々のコメディエンヌですよねえ。しれっと出てくる若い頃の奔放エピソードや、「先に仕返ししといただけ」っていう返しとか、えええ!って、吹き出してしまいました。
郊外に置き去り意地悪したドパリュデューには同情した……その衝撃わかる……俺の純情どうしてくれるのって感じですよ……でもドヌーヴは全然それにも困ってないし、寧ろ楽しいドライブ堪能してるし。
出来事だけ繋げれば、夫婦関係も親子関係もその他諸々も、苦悩のドラマにも愛憎劇にもなると思うんですよね。でも、全部軽々飛び越えて淡々とユーモラスで。
動じないのって冷たいって言われることも多いけど、それすらほんのり可笑しくて温かいのは、やっぱり腹の底に母性的な人への愛があるからですよね。憧れました。
