富士山、彩雲、空の下を移動/”Modern Life is Rubbish” (Blur)
2025年 11月 02日

今週は3連休。
そして2日目の今日は、久々に夫にジムに誘われた……が、どうせだったら本当の運動(?)をしようぜと誘い返して、数十キロ離れた長女の家までサイクリングをした。で、むくむく動く孫と戯れて、フランス土産を渡して、また荒川沿いを自転車飛ばして帰る。ふふ、楽しかったな。孫ってのも面白いものだ。
帰り道のサイクリング中に上を見たら、空に彩雲。うわー、見てみて!と夫にも声をかけて見惚ているうちに、スーッと色が消えていく様子も不思議だった。しかも1回だけじゃなく、別の場所でも2回も見た。綺麗。そして何だか神々しい。

さらにふと気づくと向こうに大きな山のようなものが見える。え、あれって富士山?こんなに近いの?いや違うか、近いんじゃなくて大きいのか!すごいなーとまたびっくり。

で、川沿いサイクリングの間中はずっと富士山を眺めながらの移動になった。富士山の存在感ってすごい。ずっと目で追っちゃうね。いまだとビルやら橋やら高架線やらが彼方と此方の間に立ちはだかるけど、昔は川や木々の向こうに遮るものなく大きく聳える富士山が望めたんだろうなーと、想像するだけで神々しい光景だ。そりゃあ崇拝もしちゃうよなあ。
貴方は大きく、私は小さい−−広い世界の中の小さいものであることの喜びは、このスペクタクルだと見つけたり。小さい私は、昨日も今日もこの広い空間をぐんぐん移動して大変楽しかったです。希くば、明日の仕事もぐんぐん進みますように。
なーんて、つい自分も古代人の気分になって、大きい山と世界に祈ったりして。でも仕事のこと祈られても、世界にしてみりゃ、何ソレって感じだろうけどなあ、きっと。分野が違う。人の世の仕事に通じた山とかちょっとヤだし。


