
まあ今日は日曜なんだけども。散歩ついでに観た映画の主人公の少女の名前がチューズデイだったから。
余命わずかな少女《Tuesday》のところへ、ヘンテコ・オウムとしてビジュアライズされた死《Death》がお迎えに来る物語。ホラーに転びそうな、とんでもなく幻想的な寓話に転びそうな、コメディに転びそうな、色んなラインを行き来する感じで面白かった。鳥も絵的にインパクト強いんだけど、それより何より、お母さん(ジュリア・ルイス=ドレイファス)が情けなくて怖くて笑えて大変なことになっていた。不思議の国のアリス+進撃の巨人+E.T.+ゾンビ+シャイニング+三枚のお札みたいな?大きくなったり小さくなったり呆然としたり恐怖したり豆を食べたり……忙しい。DeathがTuesdayに「お前はユニーク」って言ってたけど、この母にしてこの子ありの仕上がりなのかもしれないな。お母さんはド変人、正視に耐えない不器用さだ。きっと子供の頃からこんな感じで対人ダメダメ、ぼっち気味だったんだろう……だから自分より大事に思っている娘にさえ向き合えない……なんてことまで妙にザラっと想像されたりして。でもこういう人間、実は結構いるよなとも思う。
あと、少女チューズデイを演じたローラ・ペティクルーが若かりし頃のアンディ・パートリッジにほんのり似てる気がして、なんか物語の内容的にもXTCのDear Godとか思い出しちゃった(映像でも似た場面があったし)。
なーんて色々は、見終わってから家に戻るまでのテクテク・ウォーキング中に考えたことで。見ている最中に思っていたのは、チューズデイ行かないで・チューズデイ行かないで、ってことだけだった。現実では大切な人に去られる痛みって自分は本当には知らないのではという気がするが、チューズデイがいなくなった後の世界での変人母のひりつき具合は想像できそうな気がした。家も庭園も生活も、チューズデイの目に触れるところだけが美しく、それ以外はがらんどうの虚だったからな。
ちなみに私は、日々、良いことも悪いことも何事も経験と思いつつ、でもできれば死ぬまで脊椎系は痛めない人生だったら良いなあとか昔から強く祈っている者です。あとは呆けたくないし視力もこれ以上悪くなりたくない。それらが自分の人生に対する漠然とした恐怖で、想像すると耐えられない気分になったりする。まあそうは言ってみても起こってしまえば時間は自動的に進むんだろうけど、怖いんだ。で、映画の感想は、できれば死ぬまで骨折も痴呆も失明も避けたいし、それから家族の中では自分が一番先に逝きたいかもなってことだった。本当は、映画が送りたかったメッセージはそんなんじゃないと分かってはいる。でも、自分のチューズデイにもう会えないって事態に打ちのめされるのも怖いし、実は自分は全然打ちのめされないって知るのも嫌だ。You are unique (to me), かけがえがないってことだよね。誰かに言われることも幸運だろうが、誰かに言えることこそ幸運だと思う。その反面、痛みも増えてイーブンなのか。
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