
山の野原に薄桃色の花が点々と咲いてる。ぶりぶりしたシワっぽい楕円の葉が特徴のサクラソウだ。園芸品種として売られている西洋サクラソウ(プリムラ)も派手で素敵だけど、野原に自生している日本サクラソウも清楚で良い。うちの庭だといつも夏越しできなくて消えちゃうのが残念だけど。
今年は仕事に少し余裕があるせいで、休んで山歩きや庭仕事したり、複雑だけど本当に役に立つと思える課題をピックアップしてやっと取り組めたりで、そういうとき、色々と考えてる内容とは別に、ときどき胸の中で何かがソワっと動くような変な感覚を覚えることがある。たぶん楽しいってことだと思う。でも、楽しいも悲しいも似てる気がすることがある。なんていうか、気分が動くっていう感触が同じ。なんとなく、ヨロヨロ隣にきてこちらを凝視する弟猫の座ったような視線とか、子供が凄く小さかったときの無言の眼差しを思い出したりする。ああいう時って中に言葉は持ってないはずだけど、たとえ思考はなくても、やっぱり胸の中には何かの気分は去来するんだろうか。言葉抜きの存在って、ちょっと得体が知れない謎感あるが。
そんな色々を散漫に考えながらもう少し行った先に、今度は鮮やかな色のサクラソウが咲いてた。
あれ、クリンソウかな?と思って近づいたら、葉っぱの形がサクラソウっぽくなく、ゼラニウムの葉みたいな切れ込みがある。調べたら、カッコソウというサクラソウで、日本での自生は非常に局所的なものであり、レッドデータブックでも絶滅危惧Ⅰ類指定になってたからかなりの危機状況のものだ。

一方、こちらがたまに行く近郊の山の清流に生えてるクリンソウ。
湿地に咲くサクラソウで、茎がまっすぐ長く伸びて、その茎をぐるりと囲む輪を数段つけるように花を咲かせるのが仏閣装飾の九輪に似ているので「九輪草」というようだ。背丈が高く、葉っぱも大きく白菜風。


自然の中で咲く鮮やかな色のサクラソウって、私はここでしか見たことがなかったせいで、「濃色のサクラソウ=クリンソウ」をすぐに連想しちゃったけど、実はカッコソウにもクリンソウにも色のバリエーションはあって、白っぽいものやら赤やら紫やらあるらしい。
山の中で鮮やかな色の花に出喰わすとハッとして楽しいから、知ってる草花にはずっと生えてて欲しいし、何一つ絶滅せずに知ってる風景はそのままずっと残って欲しい気がする。でも実際は、いろんなものがどんどん消えていったり新しいものが生まれたり、万物流転して変わっていくのも世界の正常な性質なんだろうな。目立つものは絶滅に際して注目されるけど、目立たないものはきっと誰にも知られず騒がれずに絶滅したり生まれたり、別に普通によくあることだろうし。
みんな自分が知ってるものを懐かしく良いものに感じがちで、変わったり無くなるのを悼む性質があるのかもと思うと感慨深い。海の深くでは古生代の景色、恐竜たちなら中生代の景色、人間だったら古き良き時代的なやつとか。そして無くなってみれば、またその次の世界が他の誰かの懐かしい風景になったりするだけなんだろう。
↓大陸版クリンソウ。高原の湿った場所に咲くのも同じ。
(中文日志)我正在学习汉语,但是我记不住拼音,所以打字也很难。 Wǒ zhèngzài xuéxí hànyǔ, dànshì wǒ jì bù zhù pīnyīn, suǒyǐ dǎzì yě hěn nán.
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