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2021年 03月 04日
失われた時を求めて(コミック版)
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庭を回って、引っ越し先に持っていく草花をチェック&メモ。
小さめの宿根草たちとハーブは持って行けるけど、大物は置いていくことになるだろう。それでもどうしても持って行きたいものってあるかなと見回ったら、幾つかあった。

筆頭は、アジサイの西安(シーアン)
末っ子が生まれた年の母の日プレゼントだったんだ。前の家から引っ越しの荷物として抱えて持って来た。それで庭の初期メンバーになって、植物ごとに適切な剪定があるってことなんかも、最初は失敗しつつこれで学んだんだった。今では物凄く大きい株になってる。幸い、紫陽花って挿し木が非常に容易なので、次の庭でもよく咲くだろう。

それから、春に咲く羽衣ジャスミン
これもプレゼントだしな。気候が良くなって、夜に窓を開けて過ごすようになる頃に、あ、いい匂いだねって話すのがお約束なのだった。過去の色んな年の、春の暖かい夜を重層的に思い出す。

あとは、夏に咲く色んな百合の球根も忘れずに
どこに幾つ埋まってるかは定かでないけれど、どれも十年以上の長い付き合いだ。特にイエローウィンとカサブランカ。オリエンタル系のあの強烈な芳香を嗅ぐたびに、お母さん、夏だよ!という子供たちの甲高い声や感触を思い出す。夏休みが一番家族と過ごせる時間だったしなあ。

名残惜しいのは、庭の中心だった金木犀の大木。これは持って行くのは無理だろうなあ。
ダメ元で一枝だけ、挿し木にして持って行こうか。成功しても咲くまでには5, 6年かかるようだから、次の家で楽しめるかどうかは、ちょっと分からないけど。ここには15年も住んだけど、その前までは割と点々とする暮らしで、そして多分また、この先はある程度そういう生活に戻るんだろうなって気がしてる。

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むかし住んでてよく知ってて、記憶の中にはあるけど、今はもう跡形もない場所っていっぱいある。地上ってスクラップ&ビルドが絶え間ない。でも、たまーに思い立って昔の場所を訪れたりすると、目には全然違う様子になってても、地形の名残に意識を注いで歩けば、昔のよく知った地図と・今の見知らぬ地図が急に重なって、二重写しの不思議な感覚になったりもする。ここもすぐにそうなる予定。

「あと持っていける草花で、忘れてるのないかなあ」と、家族アルバムの写真データに「花」で画像検索かけたら、スクリーンがブワーッと色とりどりの花々で埋め尽くされて、その中で色んな年代の昔の家族たちがこっちむいて笑ってた。ゴージャス。花束を掲げるビッグスマイルでいっぱいだ。これが十五年間の庭の成果。

むかしよく知ってて、記憶の中にはあるけど、今はもうないものって、場所以外にもいっぱいある。


* * * * *


↓ 前の家での引っ越し準備。後ろに西安の鉢。子供のことも段ボールとガムテで荷造り(嘘)。
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↓当時、子供たちと一緒に作ってたお菓子の写真もたくさん出てきた。
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お菓子で紫陽花や季節の草花をなんとかうまく表現できないかと、子供たちとあれこれ工夫したこと等が急にアリアリと蘇ってきてグッとなる。公民館みたいなとこの茶道教室に行ってたから、上の子たちとは和菓子を作ることが多かったんだよなあ。

引っ越し前までは、生活の中心は子供たちで、毎夕一緒に台所に立って、遊びがあって、のんびりして賑やかで浮かれた時代だった。その頃の子供たちの様子、やりとり、嬉しかったこと……。ううーん。なんか、芋づる式に思い出す。

そっからは仕事仕事で、気づいたら夢みていた家庭とは雰囲気も変わって、もっと上手くできたのではと反省することばかり。でもまあ、巣立って行った子供たちの様子を見れば、家庭の機能としては十分だったのかもな(と、思いたい)。実際にやれた以外のことなんて架空のこと、都合のよい妄想みたいなもんだし、自分には全部やる時間も能力もなかった訳だしな。そんな時折の微かな胸の痛みも、もう一旦リセットの時期でしょう。

あとはまた、メモリー芋づる装置である幾つかの草花だけ持って、身軽になってGO!

* * * * *

思い出芋づる式といえば、当然、プルースト。

『失われた時を求めて』(フランスコミック版)

マドレーヌ効果とかプルースト現象とか呼ばれて、そこばっか有名になってる感があるが、読めばけっこう面白いと思う。

おっさんのとりとめない長大な思い出話なんか読んでられないぜ!という場合は、このバンドデシネ版はアリ。日本のようにキャラクターが生き生き動き回る高度な(?)コミック化とはちょっと違って、挿絵がついた小説というか、絵本というか、独自のアレンジが少ない感じ。でもそこが良い。

私が読んだのは白夜書房の薄くて大きい版だったが、こちらの祥伝社の方がページ数が多いからカバー範囲も広いのかな?

以下、順不同の引用メモ。

…それらは、私の心の高揚によって運ばれ、連続する多くの歳月を越えてきた。
一方、その周りの道は消え、その道を歩いた人々は死に、そこを歩いた人々の思い出も死んだ。
永久に死んだのか? そうかもしれない。
私たちの過去を思い出そうとするのは、無駄な努力だ。知性の努力はすべて空しい。過去は知性のとどく領域の外にあって、思いもかけない物に隠されている。死ぬまでにこの物と出会えるか、出会えないかは、偶然に任されている。

意図して呼び起こす思い出って、やや粗筋的というか、自分にとって重要なところだけ抽出して、言語化・物語化されちゃってる気がする。一方、何かがトリガーとなって思いがけず湧き上がってくる記憶は、重要ではない周辺的なものも含んで、一瞬だけど現実に負けない塊感があるというか。触れないし忘れてるけど、何も失われてない、ずっと一緒にあるんだ、って気がしたりする。

庭で知った草花の色や匂い、揺れる動きや温度なんかは、自分にとっての良いトリガーでいてくれそうかな。




by macchi73 | 2021-03-04 19:15 | 面白かった本など | Comments(6)
Commented at 2021-03-05 18:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2021-03-06 10:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Cakeater at 2021-03-07 16:25 x
おお、なつかしい。「スワン家の方へ」だけは2か月くらいかかったけど読みました。もう50年も前。マンガがあると聞いても、うむ、読みたくないなあ。haha
目下、この一月、英語と仏語の読書を中断して、LarousseのFrench Student Dictionary を読んでます。例文が2万、仏英対照にのっているのですね。360ページのうち92ページ目ですが、まだ D です。長いこと生きてると、けっこう単語覚えてるものですね。もっとも、読むときにはわかるけど、書くときには思い出さない程度の覚え方ですが。
déménager というのが一昨日出てきました。引っ越しする。英語で move .
昨日のメモの最後が se disperser 散らかす scatter です。メモしながら、macchi73 さんだと笑いました。え、散らかしてない?それなら失礼しました。
新しい家と庭の記事を楽しみに待っております。
Commented by macchi73 at 2021-03-07 23:53
鍵コメさん、
なんと。自分に色々な変化があるように、みんな毎日色んなことがあるんだ……って、当たり前だけど広がりを感じました。
いっつも色んなことが起こってるこの賑やかな世界で、お互い楽しんで行きましょうね。
ほんと、家族にそう思われてたら嬉しいな。ありがとうございます。


Cakeaterさん、
「読むときにはわかるけど、書くときには思い出さない」っていうのは、分かりすぎる!聞くのは困らないけど、喋るとお馬鹿っぽくなるっていうのと同じですよね。
コロナの影響で、「話した方が早いね」と海外の会社とも気軽にオンライン会議するようになり、ダメダメな語学力が露わになって、なんだか傷つく毎日です。ぐぐぐ。メールと喋りと、語彙力が圧倒的に違うヤツで恥ずかしい。
しかし毎回ミーティング後にはガラスのハートが傷だらけなのに、「今さら勉強してもなー」とか思っちゃって、なかなか勉強にはとりかかれないという……散らかし屋、かつ怠け者です。
Cakeaterさんの、ずっと勉強熱心を継続されているご姿勢、尊敬します。

オンライン会議に翻訳ツールを組み込む方で努力するか?と、徹底的に怠ける方向で考えてましたが……そういえば、『話すためのアメリカ口語表現辞典』っていう辞書(←内容がけっこう面白い)をだいぶ前に買ったの思い出しました。Cakeaterさんに倣って、頭っから読んで行こうかな。
Commented by Cakeater at 2021-03-09 20:24 x
フランスの仏英/英仏辞書を読んでいて(大昔のマルチ言語使いの仏教学者渡辺照弘さんがラルースのこのフランス人の学生用辞書の例文を推奨していまして、英語も仏語も現代的で模範的と50年近く前に読んでたんですが、いままでじっくり読んでなかったんです)へえ、なるほど英語はこういう風に組み立てて書けばいいのかと驚きを新たにしております。日本人の書いた英語の本はけっこう持ってるんですが、口を滑らかにする音読練習には役に立つかもしれないけど、書くまたは作文する標準文例がよくわからないんですね。これは受け身でも書けるけど、能動態で書かねばならぬのかとかね。
例えばろうそくで部屋は照らし出されていた・・・というようなのを書くときに、英語の場合、ろうそくを主語にもってくるのか、部屋を主語に持ってくるのが自然なのか?なんてことです。
フランス語だと、ろうそくが主語でろうそくが部屋を照らし出していた・・・なんですが、これに対照する英語は部屋はろうそくでてらしだされていた・・・となる。文法的正確さから言えばどっちが主語でもいいじゃないかと思うんですが、そこが少し自然さの違いになるという感覚を教えてくれるんですね。単複もフランス語だとパンツは単数でいいけど、英語は複数になるみたいな違いを例文を対照して見られると少しずつ了解できてくるような気がするんですね。語学の基本は読書ですが、発話するための脳内辞書を拡張するには、(文法的正確さはまた別ですが)母国語以外の辞書を読む可というのは真実だったなあと70越して初めて実感しています。もっと早くやってれば、40台のころの仕事でもう少しましな英語を使えたかなあと思いますね。英英より英多国語の対照例文つきの辞書の方が丸暗記オーム真理教に染まらないのじゃないかなと今は思いだしたので、まず英語からやり直そうというわけです。もっとも英英、仏仏、独独とかいっぱい持ってるだけは持ってるんですが、例文の多い英独とか仏独とか英西とか英伊は少ないんですよね。これから探して買わねば・・・残りの時間もそんなにないのにね。haha
Commented by macchi73 at 2021-03-09 22:59
Cakeatorさん、
いやー、若い頃はまずは自分の身の回りじゃないですか。即役立つことの方に忙しいから、年とってからかなー、役に立たなくても面白いことに時間を使えるのは。

言葉って本当に不思議ですよね。
人間の素地はどこの国の人も同じだろうから、「この言語でないと絶対に表せない・伝えられない」ってことは無いはずだと思いつつ、でも言語が異なれば機微は伝えにくく……。
だから分かる言語が増えると、地図が広がる気がしますよね。
そして、齧る言語の数が多いほど、人間全体に共通する素地の仕組みも浮かび上がってくる気もします。ラングとランガージュってやつですかね。

とか言って。語学は苦手な分野なんですが。
それでも、外国とかで聞こえてくる言葉や書かれている文字がなんとなく分かるとき、その言語自体はそんなに知らなくても系統でなんとなく推測できるとき、「これ、全然知らなかったら、ただの音や模様なんだもんなあ」って、知ってることの楽しさ、不思議さを感じます。
次に勉強するなら、全然知らない系統の言語がいいなあ。
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