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2017年 11月 21日
『動物たちの喜びの王国』(ジョナサン・バルコム)
仕事の宿題が溜まりまくり。持ち帰りまくり。なのに移動中に見かけた本屋さんで面白そうな本をみかけてまとめ買いしてしまった。

そうして今日読んだのは『動物たちの喜びの王国』(ジョナサン・バルコム)。結論から言うと、すごく面白かった。人間以外にも喜びや楽しみ、遊びの心があるのか?っていう話。地球上の様々な生物に見られる行動や実験結果などが載っている。



まずは「人間以外の生物にも痛みや苦痛はあるか?」というテーマの研究が昔から数多されている事実には少し驚いた。研究するまでもなく当然あるだろ、特に脊椎動物であれば人間とも殆ど体のつくり同じなんだしって当たり前に思ってたが(でもそういう感覚って、東洋人に強いのかもしれない)。そこからまた一歩進めて、「では、様々な喜びもあるのだろうか?検証、考察してみよう」というのが本書の眼目。
一八世紀の哲学者ジェレミー・ベンサムは動物に関して有名な言葉を残した。「問題は、話すことができるか、理性的に考えることができるかではなく、苦痛を感じるかどうかである」。

(…略…)

わたしたちが、動物が感じるのは痛みや苦しみだけだと信じているのなら、その痛みや苦しみを取りのぞいてやればすべてうまくいくだろう。しかし、動物たちが喜びの感情ももつとわかれば、話は違ってくる。彼らから喜びを奪うのはよくないと思うようになるのではないか。

(…略…)

道徳的に考慮してもらう資格があるかどうかは、理性があるからというよりも、世界を感じとることができるかどうかで決められることを忘れないでほしい。それはほかの動物たちも同じであり−−というよりも、同じ資格があると考えるべきなのだ。

個人的には、人間と同じ感じ方ではないにしても、動物にだって悲喜こもごも色々あるのは当然のように思える。うちの庭にくる野鳥たちの様子なんて、まさに楽しみのために遊んでるのが明らかに思えるし。この本の中で触れられている、知覚能力や生活環境が違う生物たちは、私たちが感じたことがない喜びや感情も経験している可能性があるというのはわくわくする話だ。前に調べた、一生の大半を遠洋の空中で過ごす鳥セグロアジサシの高揚感とか、きっと自分には想像もできないんだろうなと思いつつ、想像してみたりする。

しかし、魚や昆虫にも気質の個体差が見られるというところは、ドキッとして少し痛みを感じた。簡単に死ぬことを見越して膨大な数を産む戦略の生物に対しては、ついつい種全体で一つのように認識してしまって、個体の喜びという視点ではあまり見てなかったと気づく。だけど、これまで観察してる時にも、ゆっくり揺らす触覚、陰影をすり抜ける滑らかな泳ぎ、満足感とか快感とか何かは感じてるのかもと思わされることは確かにあった。

そんなこんなで、没頭して面白く読んでしまい、気づいたら真夜中。机の上には、本を読み始める前に読み書きしてた仕事のレポートや資料がそのまま散乱。うわあ。

でも、後悔はしていない(と締切日にも言い切れるかは不明)。
この頃、人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとしオンリーのような話を聞くことが続いたりして、そういう時、何かがごっそり抜け落ちてしまっている感じがあって、ううーん、ってただモゴモゴしてしてしまうことが多かったが。なんていうか、この本を読みながら、人も、辛いことを取り除くだけではダメなんだろうなと思った。この地球は辛いことと同じく喜ばしいことにも溢れてるっていう感覚が必要だ。で、その喜びは、別に正しい人、頑張ってる人、心ある人とかだけに許されるものじゃなくて、あらゆるものにあって良いんだと思う。そのために出来ることは何なのか……。

本の最後、野生のチンパンジーの一匹が、夕日に見とれて食べるのも忘れて立ち尽くし、暗くなったのに気づいて慌てて去っていく様子の記述が可笑しかった。チンパンジーは、少なくともその瞬間はそれほど飢えてもおらず危険にも面しておらず、美しいものを見て物思いにふけり、日々の心配や生活に必要なものがいっとき抜け落ちた。それって快い時間だったろうし、その種の喜びって地球上に絶えず起きている。
「動物の生活は常に生存のための闘いである」という決まり文句が、大きな獲物をねらうハンターと同じようにこの世から消え去ってしまえば、自然に対するさまざまな誤解もなくなっていたのにと思う。

(…略…)

自然界には平安も安息もほとんど見当たらないと結論づけたとしても、それは無理もないところがある。わたしたちの日々のニュースもどうだろう。新聞の第一面には、暗澹たる運命の結末と悲観的な観測記事がでかでかと載る。それを読んだだけで、自分の家を強盗が押し入ろうとして見張っているのではないか、子どもは登校中に誘拐されるのではないかとついおびえてしまう。
しかし、あなたの心をむしばむこうした恐怖や不安は、実際の状況から見るとかなり的はずれになる。

(…略…)

同じことはチータはガゼルにも言える。自然は喧伝されているほど過酷すぎはしない。ガゼルは、わたしやあなたと同じように、たった一度死ぬだけだ。その死というのも、この世界に生まれてからずっと生きてきた時間と比べると、おそらくあっというまのできごとになる。

(…略…)

動物たちは死を迎えるまで、数十日、数百日、数千日の生を受けて、自然のもとで暮らしているのだ。途中でむやみに生命を脅かされることはほとんどないだろう。 (…略…) 特に、弱々しい子ども時代を無事通りぬけた個体は、おおむね長い平和な生活を送る可能性がある。恐怖や苦しみ、または死の瞬間は必ずあるだろうが、その瞬間を迎える前には、ゆったりとした生活やその喜びをたくさん経験しているはずなのだ。

マスメディアは、野生の動物は厳しいばかりで喜びのない生活を送っているというステレオタイプのイメージを当然のように押しつけてくることが多い。 (…略…) ほとんどすべてのホッキョクグマがおとなになる前に死ぬ現実を知るのは悲しいが、人間がその状況を環境汚染によってされに悪化させているのはさらに恥ずかしい。それでも、六ヶ月の子グマが母親グマに守られて、乳を与えられ育てられているときは、一〇〇回をはるかに超える日の出と日没を経験し、命のはかなさを嘆いたりするひまはない。それぞれの生き物の日々は、たとえ短く終わるものだとしても、いのちの経験は断然すばらしいことなのだ。


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by macchi73 | 2017-11-21 01:08 | 面白かった本など | Comments(1)
2017年 11月 12日
山のご馳走(栗茸クリタケ、冬苺フユイチゴ)
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友人知人10人ちょっとで、山歩きに行った。

山には美味しいものがいっぱい。

引率のキノコ名人がクリタケを見つけた。甘酸っぱくてジューシーな冬苺を摘みながら歩いた。フユイチゴ、香りも良くて、すごく美味しい!
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12, 3才たちは子供同士でつるんで、大人とちょっと離れて歩く。山登りとかだるいわーと文句が多い。前思春期か。

木霊ポイントでみんなでヤッホー。私は狼の遠吠えをしたら、向こうから娘が別の鳴き声で返して来た。あれこれって?と思って別の声をもう一回。然すれば別の鳴き声が返る。ずっと昔、4、5歳の時に決めた遠吠え暗号だ。我らにしか通じないメッセージ。思わず顔がニヤっとして、まあ、好きなだけ思春期風を吹かせば良い。

山頂で、熱々のキノコ汁つくってソーセージ焼いてコーヒー入れて、みんなで持ち寄ったご馳走をいっぱいに広げてランチする。食事と陽光で体が暖まる。風の感触もちょうど良い。お日様が良く当たる斜面に寝そべって、少し食後の昼寝もする。
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下山になり、私はしんがりを務めたら、子ども達はふんわり積もった落葉に埋もれてみたり高いところによじ登ってみたり。今日楽しかったねーまた遊ぼうねと言い交わしている。

じゃあ連れてきてくれたり世話してくれた大人たちにも楽しかったありがとって言って来なよと言ったら、えーそれはヤだーと、やはり思春期風、生意気。なのにみんなにほんのり可愛がられて、まあ幸せな子供たちだよなと思う。
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『子どもといっしょに遊べる山−東京発日帰り36コース』(二木久夫)

JRだけで行ける東京近郊の山いろいろ。

やたら「トカゲ」を推奨していて「トカゲ?なんだろ?」と思ったが、どうも日の当たる斜面や岩の上で体を伸ばして日光浴することを、登山用語で「トカゲ」って呼ぶらしい。

トカゲ気持ち良いね。


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by macchi73 | 2017-11-12 23:55 | 【自然】きのこ、菌類 | Comments(2)
2017年 11月 04日
人里の秋の昼
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しばらく台風だったり雨続きだったりの後なので、庭の荒涼とした感が凄い。やっと秋晴れの日がぽつぽつ出始めて、庭の生垣の下に小菊がたくさん広がっているのに気づいた。

秋の午後、少しだけ西日になったくらいのお昼って綺麗だ。金色の透明な陽光が草薮に当たって、いろんな影を作ってる。長閑。

もうずっと庭仕事してなくて野放図な庭なのに、見れば綺麗だなって思ってしまって困る。蜘蛛の巣が光ってて綺麗、虫食いの葉っぱの織り成す影が綺麗、絡まる雑草の隙間からちらちら見える小花が綺麗、あちこちに重そうにぶら下がったたわわな果実が綺麗、地面に散って朽ちかけの葉や花に少し残った色が綺麗。

でも別に狂ってしまった訳ではないので、常識的に見たら、いや汚いよぐちゃぐちゃだよ掃除と手入れしろよ!って思う限界値を呈しているということも分かる。辺りの美観を損ねてすまない。今月は気候の良い夜は庭仕事にあてようと思う。
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そうだ、垣根の下の菊と言えば、陶淵明もこういう秋の暇日を詠んでたのを思い出す。

庵を結んで人境にあり
しかも車馬のやかましき無し
君に問う、何ぞよくしかるやと
心遠ければ地おのずから偏なり
菊を採る、東の垣の下
悠然として南山を見る
山の気、日に夕に佳く
飛ぶ鳥は相ともに還る
この中に真意あり
弁ぜんと欲して、すでに言を忘る

上記、意訳も入ってて、読み方はだいぶ嘘だけど。
「リタイヤ後、俺は人里で暮らしてるけど心持ちは世間を離れてもう僻地にあるようだよ、良い意味でね」という詩。くそう、陶淵明、悠々自適だな。

一方、まだまだサラリーマンの私はそんな境地から程遠く、心はめちゃくちゃ過密な人里の中にある。でも早めに死んだりしなければ、そのうち誰にも飲酒詩の境遇はやってくるんだろうから、いま多少面倒だったり居心地悪い思いしても、その時に思い出して恥ずかしく苦しくならないような日々を積んでおきたいとこ。


陶淵明全集(松枝茂夫・和田武司訳)

飲酒 其の五

結廬在人境
而無車馬喧
問君何能爾
心遠地自偏
採菊東籬下
悠然見南山
山氣日夕佳
飛鳥相與還
此中有眞意
欲辨已忘言

人里に廬を構えているが、役人どもの車馬の音に煩わされることはない。「どうしてそんなことがありうるのだ」とお尋ねか。なあに心が世俗から遠く離れているため、ここも自然と僻地の地に変わってしまうのだ。
東側の垣根のもとに咲いている菊の花を手折りつつ、ゆったりした気持ちで、ふと頭をもたげると、南方はるかに廬山のゆったりした姿が目に入る。山のたたずまいは夕方が特別すばらしく、鳥たちが連れ立って山のねぐらに帰っていく。この自然の中にこそ、人間のありうべき真の姿があるように思われる。しかし、それを説明しようとしたとたん、言葉などもう忘れてしまった。



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by macchi73 | 2017-11-04 23:55 | 面白かった本など | Comments(4)
2017年 10月 17日
揚げカスタードの金木犀餡かけ
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雨ざあざあで部屋が真っ暗な週末。私は仕事。

夜に帰宅したら、大学生が末っ子に見せたいドラマがあるといって、リビングに布団を敷いてビデオナイトになっていた。ビデオのお供に長女が紅茶を沸かして来たのを見て、今こそ夫と私の金木犀シロップ対決の時だ!と二つの瓶を並べ、「どっちが美味しい?」とブラインドテイスティングを試す。

大学生は「こっちの方がスッキリしてて美味しい。紅茶に合うね」と私が仕込んだシロップを選択。「もう一つの方は、少しエグみがある気がする」と言う。そうでしょうとも、そうでしょうとも!が、末っ子は「でも、こっちの方が金木犀の香りと特徴を活かしている気がするな」と夫のシロップを選択。くそう。本当か!?

それで私もテイスティングしてみたが、うーん、どうかな、悔しいけれど確かに花の特徴は夫のレシピの方が出ていると感じた。甘ったるいくらいが金木犀らしい。

翌朝、朝食の一品に玫瑰鍋炸を作った。
カスタードを冷やし固めてから衣をつけて揚げる中国のお菓子だ。最後に浜茄子や金木犀のシロップをかけて食べる。だいぶ前に『沈夫人の料理人』っていう漫画で読んで、金木犀の時期になったら作ってみようと思っていたんだ。
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レシピを検索して、少し固めのカスタードクリームを作って熱々に揚げる。それから夫のシロップをかける。

漫画では、カスタードクリームに砂糖は入れてなかったんだけど、ウェブのレシピでは砂糖の入った普通のカスタードクリームを作っていたので、そのようにしてみた。「プリンみたいで美味しい」と娘。でも、なんか普通のデザートっぽい味だなー。ちょっと漫画で読んでイメージしていたものと違う。中華を感じない。

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それで夜に再度トライ。
今度はカスタードに砂糖は入れずに作った。中華風の演出として、バニラエッセンスの替わりにアーモンドエッセンスを入れてみる。また、Youtubeの料理動画を参考にして、金木犀シロップは片栗粉でとろみをつけた餡にしてかけてみた。結果、中はトロッとして外はサクサク、だいぶ美味しく改良された。
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しかし正直、漫画で想像していた美味しさには届かず。というか、どんな味か想像できないけどなんか美味しそう!という、漠然とした期待だけで作っちゃったしな。でもやっぱり一度は本物を食べてみないと工夫する方向も分からない。今度、お店に本物を食べに行ってみよう。

ちなみに、カスタード揚げ本体は「こんなもんなのかな、普通だな」っていう感想だったが、金木犀餡は透明なオレンジ色が綺麗でかなり美味しかった。良い匂いの透明でキラキラする餡の中だと、ぷちぷちした花までジューシーに美味しさを増す感じで、これはオススメ。他の料理にも使えそうだし、むしろ金木犀餡だけで独立したデザートとしてもいけると思う。

夫がやってきて、あれー俺のシロップの方が多く減ってるね?なんでかな、はてはてフッフーン、とニヤニヤするのは悔しかった。お菓子には夫シロップが美味しい。でも、お茶に入れるのなら私のだって美味しい。

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『沈夫人の料理人』(深巳 琳子)

夢のように美味しそうな料理が次々出てくる漫画。

どの料理も、シンプルにではあるが、料理人・李三の手際が最初から最後まで描写されるので、そのまま真似すれば自分でも本当に作れるのかな?って想像が膨らむ。


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by macchi73 | 2017-10-17 00:28 | Comments(4)
2017年 10月 08日
仮想現実と子どもの空想
大学生の長女が、友達と行ったヴァーチャルリアリティ(VR)体験が凄く面白かったから末っ子にも見せたい!絶対喜ぶと思う!と強く誘って来たので、その場でウェブ前売り券を購入して翌日の朝イチで遊びに出かけた。

が、窓口にチケットを出したら「館内には13歳未満も体験できるアクティビティはありますが、VR体験はできない規則です」と言われて愕然。がーん……。注意書きを読んでなかった自分たちの不注意だ、仕方ない。払い戻しはできないが、チケットは各VRブースの回数券になっており、末っ子の分は別の同行者が使っても良いのことだったので、とりあえずみんなで中に入る。

結果、VR体験は面白かった!(←娘のチケットもらって楽しんだ人)

おそらく今後一層のVR普及があるとして、今はまだ初代ファミコン的な黎明期かもなっていう感触はあったが、それでも十分楽しかった。私は仮想スキーと、仮想空間への立体お絵かきソフトが気に入った。お絵描きソフトはgoogle製だったので、今後はイラストの公開や楽しみ方も段々と3D化していくのかもしれない。

また、館内にはVR以外の遊べる仕組みもちょこちょこと施されていて、末っ子も「楽しかったー!」と帰り道はご機嫌であった。とは言え、VRできない小学生をわざわざ連れて行くのは、コスパ的にもオススメはしないけど。

小学生も遊べる仕組みの一つは、館内のいろんな場所に仕掛けられたプロジェクションマッピング。インタラクティブな仕組みになっていて、映像に触れると色々な反応が起こる。

例えばカフェには白砂が敷き詰められたエリアがあり、海辺の風景や生物が投影されていた。食事しながら色んな海洋生物がやって来たりするのを眺めたり、投影された水辺を実際に歩き回れば波紋が広がるし、動き回る生物を掬い上げて捕まえたり、ひっくり返したりすることもできる。その他にも、館内各所のテーブルや壁や床など、数カ所で映像の遊びは見られた。
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しかし、家族で一番盛り上がったのはボルダリングだった。全くヴァーチャルではなく、実際に壁をよじ登るコーナーだけど。仮想現実よりも、やはり現実が結局は五感をフルに使えて面白いってことか。ひいては、遠い未来には一般ピープルはVRで遊び、リッチな方々はRで遊ぶということが起こるのかもしれないな……なんて想像してしまったり。

ちなみに、何故13歳未満はVR禁止なのかということを調べてみたら、立体視の発達期にある6歳までの子がVRなどの立体視を行うと急性斜視になる恐れがあり、13歳くらいまでは発達期が完全には終わっていないからというVR業界の見解があるからのようだ。知らなかった。知れて良かった。ま、小6ともなれば、家庭の判断で休日のお出かけで数回の体験くらいはさせても良いのかなって個人的には思うけど。家庭へのVR本格導入は、まだもう少しの間は控えとくかと思い直したのであった。

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ところでボルダリング後、夫がスタミナ切れでベンチで一人不動状態になったのを、運動不足だなー、ケケケ、と笑っていたら、翌日は自分も体が痛くて普通に動けなくなってしまった。でも家族みんな3連休なのに、自分は日曜以外は仕事なのが残念でもあったんで、どうせ動けないなら全てデスクワークに捧げるのも良いかなんて、全身の痛みに逆に変な満足感を覚えたり。

一方、子どもたちは全然平気らしく、3連休を満喫していた。

末っ子は、この休みでお気に入りのファンタジーのシリーズ最終巻を読み終わってしまい、「長い話が終わるのって寂しい。終わりを知りたいのと、ずっとこの世界にいたいっていう気持ちとの板ばさみだよ……」と溜息をついていた。名残惜しさの余り、終わってしまった物語の中に自分の居場所を作って、そこで暮らす想像を続けたりもすると言う。

その気持ち分かるよ、もしかしたらその辺りにも今後のVRの発展の可能性はあるかもね。でも人間の自由な想像力に匹敵するVRもなかなか難しいかもね。というか、なんとなく、そうあって欲しいような気もするね。広大で綺麗で物凄い夢のようなVRも、いつか体験してみたいけど。


この頃の子どものお気に入り、レッドウォール伝説シリーズ




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by macchi73 | 2017-10-08 23:55 | 【その他】日記 | Comments(2)
2017年 10月 01日
2017金木犀開花(ちょっと遅れて気づく)
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家族みんなでレストランに集まって、子供たちの誕生祝いのディナーをした。
お店の方がポラロイドで家族写真を撮ってくれたところ、良い写真だー、彼女に見せようっと!と、デレつきながら鞄にしまいこむ息子。食後にプレゼントを渡すと、良いねえ、これも見せようっと!とまたデレつく。うっへー。なんか恥ずかしいヤツだぜ。彼女に呆れられないように気をつけろよと思う。長女は静かに笑っている。

それから夜道を伝言ゲームしながら帰宅した。たった数人なのに全然ダメダメな結果でびっくりだ。「無灯火、ダメ絶対」→「舞踏家、たべちゃった」→「葡萄、かさねちゃった」→「葡萄から出ちゃった!?」……等々、耳が悪いのか滑舌が悪いのか?

クスクス笑う子供たちと家のそばまで来たら、庭からフワッと甘い香りがした。

金木犀咲いてんだね、と言ったら、そうだよ、もう地面にもちょっとだけオレンジ色が落ちてるよ、と末っ子が教えてくれた。えー気づかなかった。ここ2ヶ月くらいずっと祝日も土曜も仕事だし、日曜日は疲れて寝てるし、頭の中が別のことでいっぱいだった。見れば、庭の植物の顔ぶれも秋風に入れ替わってる……ほぼ雑草だが。

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そういえば今日は2ヶ月ぶりの週休2日だ。なんだか久しぶりに、妙にのんびりした気分だと思ったよ。庭に面する窓を開けて家の中に香りを呼び込む。

甘い匂い、冷んやりした空気、虫の声……

はー。生き返るなあ。こうやって時間に余裕ができれば、末っ子にリクエストされて、紅茶ケーキやサツマイモとリンゴとシナモンのクグロフを焼いたりもする。2連休って楽しいな。

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サツマイモとリンゴのシナモンケーキ。

レシピは、十八番のキャロットケーキの中身を、人参、林檎、サツマイモ、クルミに変えただけ。美味しい!

チョーお手軽に、もう材料も計量なしで目分量で作っているが、何を入れても、けっこう美味しくできるようだ。

これからも季節の美味しいものを入れて、いろんなバリエーションつけられそう。



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とか言いつつ、いまの忙しさはそんなに嫌でもない。たまに頭を抱えたくなることもあるけど、気付けば1日が物凄く短くて、なんとなく新しいことを習得中の時に共通する感触がある。だいたいこういう感じの時って「今はこれをやってる」って思っていることじゃないものを習得中なんだよな。それが何かは、後で分かる。うまく言えないが……。

プライベートで似た例だと、この家に引っ越してきて園芸というものを始めたが、園芸知識自体はいっぱい覚えていっぱい忘れ、楽しかったけれどそんなに園芸に詳しくなった訳じゃないと思う。結局、その繰り返しの中で得たものと言えば、自分たちは社会の中だけじゃなくて同時に自然の中で暮らしてる生物だっていう、どんな場面でも−−仕事中でも、人とのお付き合い中でも、ぼーっとしてても−−ずっと続く消えない認識だった。

子育てだって、なんか色々とそれなりに経験したつもりでも、熟練のお母さんっぷりは身に付かず、未熟なショボイ挙動は40過ぎてもそのまんまで多少ガッカリだ。それでも子供たちと過ごした二十余年で確実に得られたものは、全ての上に刻々と流れている時間の感覚と、その流れの中に自分も一緒にいるという感触だと思う(それ以前は、移り変わりを端から見ている感じだけだった)。

明示的な知識やら技能やらは、正直、必要なら外部にいくらでも参照できる情報やサービスがあって何とかなるもんだから、自分が勉強する必要って感じたことがないが(←いい加減)、こういう漠然としたものの方は、自分自身がモノにしたものしか使えないんだよなって思う。まあ、モノにしたから何に使うのかって言ったら、よく分からないんだけど。


『サルチネス』(古谷実)

少し前に読んで面白かった漫画。

私は面白く読んだが、不健全な雰囲気を全面に押し出す感が多少煩かったり、絵も気持ち悪いと思う人がいそうなので、園芸ブログで強くオススメするような本では無いかもしれない。
でも、何か一つの感覚を習得するのって、こんな感じのとこあるかもなって思った。最後はハッピーエンド。良かった。



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by macchi73 | 2017-10-01 23:55 | 面白かった本など | Comments(2)
2017年 08月 03日
大人の夏休み終わり
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夏休みの旅行から帰宅した。
早く早く今すぐレイクとマリオに会いたい!と末っ子が主張するので、空港から戻る途中のお店で留守番組の大学生たちと待ち合わせて、遅い晩御飯の焼肉食べて乾杯。

自宅の玄関を恐る恐る開けたら、思ってたより片付いていて、自炊と家事も交代でちゃんとしてたようだ。留守中にそれぞれが振る舞った料理など聞いて、なんとなく感慨深い。子供達は、少しずつだけど、私が思うより大人になっている。出がけにお風呂を沸かしておいてくれてたので、体洗ってサッパリして、眠る。

で、翌日(今日だけど)。
セミの声がするねえ、と末っ子。そうだった、旅行中はセミの声を聞かなかったかも。ジャングルに滞在してたので、木々の中から聞いたこともないようなおかしな声はずっと色々聞こえてきてたけど。

旅行すごく楽しかったけど、家がやっぱり一番だなー。落ち着くー!と末っ子。私は旅支度を解いて、洗濯物をガンガン洗って、部屋に箒掛けして雑巾かけて、旅行中に気に入って食べ続けていたスパイシーなキャロットケーキを焼いてみた。なかなか美味しいと好評。んー、でも、ちょっと意図した味と違ったな。普通のケーキっぽい味になってしまった。もっとスパイス効かせて、カルダモンとかも入れると良いのかな……。要改良。
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末っ子は、旅行前に読みかけていて結末がずっと気になってたという本を読み終えて満足そう。旅行中も、物語の登場人物たち(小動物たちだけど)の話を時々していたから、かなり気に入っているっぽい。お母さん、これ、凄く面白いから読んで!それで感想を語り合おう!と、手渡されたので今日は1日読書になるかな。

私の夏休みはこれで終わり。楽しかったな。また明日から仕事頑張ろう。


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娘(小6)が強烈に推薦する一冊。ブライアン・ジェイクスの『勇者の剣』。
読んでる途中も、「ネタバレして良い?ちょっと感想言わせてもらって良い?」と五月蝿いので、今日中に読んじゃうから止めて、と釘を刺す。

私はまだ読み始めたばかりだが、主人公のネズミたちの周りの美しい自然と美味しそうな料理の描写が生き生きしてて「今日は魚料理作ってみようかな……」とか思わせる。その一方で、長閑な章の合間に挟まれる、徐々に近づいて来ている厄災の描写も怖くてハラハラする。





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by macchi73 | 2017-08-03 14:43 | 面白かった本など | Comments(2)
2017年 07月 22日
夏休み始まりの喩え話(いろんな生物・無生物)
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帰ったらいきなり夏休みが始まっていた。家庭内にぐだぐだした空気が充満している。末っ子が宿題ノートの傍で何かブツブツ言っている。

おかあさんはチーター、これ絶対。
それでレイク(姉)が鹿でしょ、それも白鹿、
マリオ(兄)がサルで、
おとうさんはアザラシのすごい大きいやつ、何だっけ。
「セイウチ?それかトドかな?」
うん、それ。そしたらピノは何だと思う?
「これって何の話」
何に似てるかってこと。言って。
「子猫かな」
じゃあネコ科だから子供のチーターにしよう。それか、おかあさんが大カンガルーでピノが子供カンガルーでもいいよ。そしたらポッケに入れる。

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虫はねー、自信あるよ。
レイクは花カマキリ。どう?
「言い得て妙。うまいね」
それでおかあさんはオニヤンマかアシナガバチで、
おとうさんはコガネムシ、
マリオは一匹だけ早めに羽化したセミ。それかツノゼミ。
「なんで早めに」
そういうイメージ。ピノは何だと思う?
「てんとう虫でしょ」
じゃあナナホシがいい。フタホシは嫌だよ。


* * * * * * * * * * * * *

花は難しいな。
レイクはコスモス。ほっそりしてピンクだから。
「いいね、おかあさん的には百合」
それもあり。スズランでもいい。
それで、おとうさんは金木犀かラフレシア。
「なんでその二択」
大きくて、かぐわしいから。
「香りでラフレシアって嫌でしょ」
じゃあ金木犀。
おかあさんは大きい皇帝ダリアかタチアオイで、
マリオはヒマワリだね。
「確かに」
ピノは何だと思う?
「ピノもヒマワリだな、チビひまわり」
同じのダメでしょー!
(えっ、さっきチーターと仔チータだった……)
「じゃあ、一面のお花畑」
それ花じゃないでしょ!一個、一個で。
(何ルールなんだ)
「じゃあポピーかな。ピノは花畑いっぱいのポピー、色とりどり」
(偉そうに)まあ、いいでしょう。

* * * * * * * * * * * * *

プーさんだったら、マリオがプーで、レイクがピグレット、おかあさんがティガーでおとうさんがロバだね、ロバの名前、何だっけ?
「イーヨー」
そしたらピノは?
「クリストファーロビン」
それ人間だからダメ。
「そうだ、ピノはルーに似てるよ、カンガルーの」
そしたらお母さんもカンガに変えてもいいよ。本当はティガーっぽいけど。


* * * * * * * * * * * * *

海だったら、おとうさんってウミガメっぽくない?
「っぽいね」
おかあさんが巨大シャチで、レイクがペンギン、マリオがオットセイ。
「子供たちを捕食しちゃうなあ。クジラに変えて」
ピノは?ピノは?
「元気なイルカかな」
うーん、でもラッコがいい。
「そうね、ラッコにも似てる」

* * * * * * * * * * * * *

飲み物だったら、おかあさんはコーヒー。
「もはや生物でもない」
おとうさんは牛乳。本当はカフェオレのイメージだけど、コーヒーをおかあさんに使っちゃったから。
「それ、イメージっていうか、単にいつも飲んでるものだよね」
いいの、いいの。レイクはトマトジュースかなあ?
「ただの好物じゃん。イメージ的にはロゼとか」
あ、じゃあシャンペン!レイクはシャンペン!
「賛成、発音はシャンパンで」
ピノは何だと思う?
「ヤクルトかカルピスだな。それでマリオがメロンソーダ。物凄い緑の」
うわっ、マリオ、メロンソーダ似合いすぎ!!
「さらにアイス入れてフロートにする」
フロート!すごい、マリオだ!!あ、チェリーも入れる、赤いの入れよう!あはははー!!!


と、なぜか笑い転げる娘。
夫は「何をさっきから……」と呆れ顔。
その後、さらに喩えは鳥類や深海生物や文房具、空想上の動物、神話やゲームの登場人物やらに広がっていくのだった。マイナー分野に進むにつれ、意外と博覧強記の顔を見せる娘。

「でさ、これって喩えの宿題なの?」
ううん、全然関係ない。楽しいね。

−−これから夏休み。ぐだぐだの、わくわくだ。

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娘の、虫に関する自信の根源の本。「これ面白いんだよ、なんか読んじゃうんだよ」と強烈プッシュ。

『ミョ〜な昆虫 大百科』(川崎 悟司)

なぜか昆虫の図解のほかに、美女のイラストが意味なく点々と見られるが(しかもやや劇画風)、それもまた何ともいえずミョーな雰囲気を強めていて良い。


作者のサイトがまた面白い。多分、すごい好きな趣味で描いてるから子供を惹きつけるんだと思う。
 → 古世界の住人オフィシャルサイト



川崎悟司氏の本を探してみたら、昆虫だけでなく、いろいろ出してるようだ。コンビニ本で安いが、図鑑より子供の食いつきがメチャ良いので、これからの夏休みにオススメかも。




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by macchi73 | 2017-07-22 12:00 | 面白かった本など | Comments(9)
2017年 07月 09日
エゴノネコアシ(エゴの猫足)
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小学生たちは友達で連れ立ってプールに出かけてしまった。夏の休日だなあ。暇。

大学生の娘に誘われて、学校に公演を観に行った。時間が来るまでキャンパスをぶらつく。古い建物や荒れ果てた雑草藪、大きな池なんかがあって、長閑な良い雰囲気。

同じく連れ立って散歩かなにかしているらしき人たちが、エゴノキの下で「この実可愛いね」「あ、こっちには花も」なんて話している。むむっ。
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失礼、その丸いのは確かにエゴの実ですが(ちなみに有毒です)、そちらのミニバナナの房みたいなのは花じゃないのです。エゴノネコアシと呼ばれる虫瘤なのです。バナナ部分の先端が裂けて、虫が出てきた跡が見えるでしょう?

……と、少し離れたところから心の中だけで解説を念じる。でもテレパシーがないので当然通じない。人見知り。

その後、池のほとりで時間を潰していたら、手製らしき素朴な竿で釣りをしている子がいて、何釣ってるんだろ?と思って見てたら、手に持ったザリガニを掲げて見せてくれた。お。テレパシー。
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へえ、いいね、魚も釣れるの?と、今度は音声で聞いたら、あー、いるけどこれで釣るのは難しいですね、蛇はあっちで捕まえたことあるんですけど、とニコニコ礼儀正しい言葉づかい。えっ?と思って立ち上がって来たのを近くでよく見たら、大学生のようだった。あらま。

大学生が子供に見える。もう年寄りだな、と思う。少なくとも自らの学生時代は遠くなりにけり。

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エゴノネコアシが出てくる小説。
何が書かれてる訳でもない気がして私はピンと来なかったが、内容というより文章の雰囲気を読ませる話っぽいので、面白いと思う人とそう思わない人とに分かれるのかも。芥川賞受賞作。


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by macchi73 | 2017-07-09 17:00 | 【自然】雑草、野草 | Comments(2)
2017年 06月 11日
子ども時代は永遠に年をとらないこと
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真夏日だった昨日と違い、今日は曇天で少し過ごしやすい。梅雨入りってもうしたんだっけ?

今年は紫陽花が遅い気がするが、それでも庭の西安も少しずつ色づき始めた。来週末くらいには見頃になるかな。

ノイバラ風のバレリーナが、今年は庭の一角でたくさん花をつけている。
数年前に下手な移植で大株を殺してしまったのだが、その時とっておいた挿木が育ち、やっとここまで育ってくれた。復活して嬉しい。……母の仇、とか思われてたら怖いけどな。
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リビングのテーブルでは、末っ子が学校で飼っている動物の世話の仕方のポスターを作っている。飼育委員で、1年生たちへの説明に使うそうだ。「うーん、毛並みをうまく表現するにはどう色塗りすれば良いかなあ」なんて言いながらのお絵描きが楽しそうなので、私もなんとなく、ソファから見えてる庭をクレヨンで落書き。緑ばっかりでつまらないので、窓にへばりついている末っ子の姿を描き入れた。私にとって見慣れた情景。

そしたら娘が、

−−それ、小さいときのピノ子だね。

−−えっ?


あ、そっか。言われて気づいた。もうこんなに小さくないんだな。

本物は、もうスラッと細長い。
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家にあった本を読んでたら、それどんな話?と聞かれた。うーん、山尾悠子って、何回読んでも過度にシンボリックな印象だけしか残らず、実はお母さんもよく分かってないんだよなあ。

で、「えーっと、冬眠者っていう一族についての短編集でさ、冬には冬眠するんだけど、冬眠中は死んだようになって年も取らないんだ……」と、子どもにわかりやすいように適当に要約して伝えてみたら、話しているうちになんとなく一つの像が結ばれて来て、「あれ?もしかしたら面白い話だったかも?」とか初めて思ったりして。

『ラピスラズリ』(山尾悠子)

一話目は【銅版】。
全体のプロローグのような話。
怪しい画廊で店主によって語られる3枚の銅版画、「人形狂いの奥方へのお使い」「冬寝室」「使用人の反乱」と、それから私の記憶にあるもう3枚の絵「痘瘡神」「冬の花火」「幼いラウダーテとその姉」が描写される。それらの絵の正しい並び順ってどうなんだ?という謎が一つ、話を聞いている「私」と、その母って誰なのか?というぼんやりした謎が一つ。


二話目は【閑日】。
とても短いが美しい話。これ一遍だけ独立した短編としても読めると思う。
冬眠者の少女ラウダーテが、冬のさなかに一人目覚めてしまったが閉鎖された館から出られず、そこに棲みつくゴーストと過ごす3日間の物語。銅版画のうち、「冬の花火」とは何かが語られる。


三話目は【竃の秋】。
ページ数的にはこの本のメインとなる中編。不思議な館に棲む、支配階級の冬眠者たちと召使の人間たちの話。

冬には一人寝室に閉じこもり人形と共に眠ってしまう冬眠者の習性、ラウダーテの母である奥方に最近みられる不眠と病気恐怖症の兆候、身ごもったまま冬眠に入ろうとしている姉、冬を越せそうにない病弱な弟トビアス、奇妙な双子のおばたちなど、貴族のようでもあり、冬ごもり前の獣のようでもある冬眠者たちの姿が語られる。銅版画の「冬寝室」「人形狂いの奥方へのお使い」の情景。

それから、冬眠者以外の住民たち−−使用人、ゴースト、森のやつら。

冬眠者の塔に連なる棟に住む使用人たちは、贅沢三昧の冬眠者たちに対し、畏れや反抗心やそれぞれの関心を抱いているようだ。生真面目な召使頭、同じく召使頭だが主たちに対して何か企むところがあるような優男、人形恐怖症の召使、性質は違っても見た目はそっくりのお小姓たち、冬眠者なんて世話してあげなきゃ死んでしまうと侮りもしている女中たち、竃番のアバタの少年、使えない医者。そんな面々が、迷路のような館の中でゴチャゴチャ動き回っている。

館には時々ゴーストが現れて棲みつくことも人々の会話から分かってくる。ゴーストになった者は自分が誰なのかを覚えておらず、それがわかった時にある変身が起こるのだが、どうも今のゴーストについては奥方が何か秘密を握っているらしい。一方ラウダーテは幼い頃に一度だけ体験した冬とゴーストとの交流が忘れられず、新しいゴーストとも交流を試みている。

館の外には広い庭園と温室。そこでは職人気質の園丁たちがひっそり働いているが、彼らは個人主義かつ非社交的で外の人間と交流を持たないため、何人いるかもよくわからない。館の召使頭の幼馴染で、園丁にしては幾らか社交的な一人が館と庭園のパイプとなっている。

庭園の外には柵。周囲の森の中をさすらう「森のやつら」の侵入を防ぐためのものらしい。森の奴らは朽ちた病人とも亡霊ともわからぬ姿をして、何故か館を目指す習性がある。冬眠者たちは森の奴らを恐れ、忌み嫌っている。

そんな冬眠者を中心とする館世界に、奥方に荷物を届けに来た荷運び、負債を告げる借金取りなどの外からの来訪者が加わった時、大勢の登場人物の動きがそれぞれ小さく影響し合って繋がって、館の崩壊につながっていく。そこで語られるのは、銅版画の「使用人の反乱」「痘瘡神」に描かれる場面。「使用人の反乱」の時系列と、それから、えっ痘瘡神ってお前か、というのはちょっと意外で面白かった。


四話目は【トビアス】。
いきなり場面は変わって近未来の日本っぽい話で、ひとりぼっちの冬を過ごすことになった冬眠者の少女のモノローグ。第一話と繋がる話なのかな?(だとしたら、「わたし」は少年の可能性もあり?)
冬を越せなかった飼い犬のトビアス、それから森に姿を消した母。前の3つの短編と、重なりそうで重ならない単語や世界。


五話目は【青金石】。
舞台は中世ヨーロッパ。聖フランチェスコが冬眠者とみられる細工職人の若者と会話を交わしている。前の四つの物語に現れたシンボルたちが次々現れて、冬の花火の最後の秘密が明かされ、全てが繋がりそうに思えるような、そうでもないような、最後の一文へ。



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そうやってまとめてみると、使用人たちは日々の生活、冬眠者は際限なく巡るように見える倦んだ時間、森の奴らは老醜、トビアスや胎児は繰り返す時間の輪に取り込まれる前のぽっかり浮いてる幼年、ゴーストは死と再生の象徴なのかな、なんて思う。

ま、本当は、そんな風に無理やり整合性をつけずに、不思議な世界や場面を絵画のように楽しむ系の物語かもだけど。すっきりする解釈つけたくなっちゃうんだよなあ。


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by macchi73 | 2017-06-11 20:00 | 面白かった本など | Comments(12)