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2016年 05月 13日
プライヤシリアゲ(プライヤ尻上虫)と文明開化の英吉利人
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変わった虫を林縁で見つけた。
口吻が長く突き出した顔つきと、ツンと反ったお尻が特徴的。

見た瞬間、「あ、ヤマトシリアゲかな?」と、ヤマトシリアゲどころかシリアゲムシの姿も思いつかないくせに思う。で、帰宅してからシリアゲムシの仲間を調べたら、翅の模様から「プライヤシリアゲ」だと分かった。おー、惜しい!

私はどっちかと言うとリアルな写真いっぱいの図鑑よりも、エピソードや図解がいっぱいの昆虫記や博物本の方が好きなので、初見の虫を見たときはだいたいこんな感じ。姿もよく知らないくせに、どこかで読んだいい加減な名前を思いつく。それで図鑑を引いてみると、合ってる時もあるし、全然違うときもある。で、一度実物を見て、だいたいこの種の姿はこんな感じなんだなーとやっと覚える。どっかで読んだ文字情報と、動いて触れる現実が繋がる瞬間は面白い。

『虫と文明: 螢のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード』(ギルバート・ワルドバウアー)

たとえばこの本。

エピソートいっぱいの昆虫本。文章ばかりで写真や図解による図鑑的な部分はほとんどないけど、読み物として面白い。




写真はメスだけど、雄は、腹部先端がもっとサソリの尾のようにクルンと反り返る特徴があるので、シリアゲムシ。二畳紀の化石が発見されており、完全変態をする昆虫類の中では最も原始気的な特徴を残すグループらしい。それなのに(?)雄が雌に餌をプレゼントする習性があるようで、なんだか文明的な感じがしないでもない。でもまあ、雄は雌に栄養つけさせて良い卵産ませる、雌はとにかく卵無事に産むっていう分担性が、むしろ死にやすい生物たちの原始の本能なのかな。
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そういえば、前に 「プライヤキリバ」っていう蛾も見たな……。
その時はそんなに気にならなかったんだけど、蛾と尻上虫では全然姿も違うのに共通した名前を持つのを不思議に思って色々と調べてみたら、プライヤというのはよく見る工具名からの由来ではなく、発見者の名前からきた命名だった。

ヘンリー・プライヤー(Henry James Stovin Pryer 1850-1888)は、1870年頃に横浜にやってきた民間イギリス人。本業は保険代理店員だったようだが、日本の生物への興味がとても強く、広く研究を行い、後に『日本蝶類図譜』全3巻(Rhopalocera Nihonica: A Description of the Butterflies of Japan, 1886-1888)を書き上げた。日本人の内妻と暮らし、在日中の39才の時に病死してお墓は横浜外国人墓地にあるらしい。

1870年っていうと、明治3年か。
2年前に彰義隊が敗れて上野戦争が終わり、上野に散っていた戦死者の遺骸がやっと供養された頃だ。江戸が終焉し、文明開化の波が押し寄せて……。その動乱の時期に20才そこそこの英国人のプライヤーが海を越えて極東の日本にやってきて、日本の生物に興味を持ち、人生の半分を過ごして横浜で亡くなったんだと想像してみる。

ちなみに、その頃の日本の雰囲気は、杉浦日向子の漫画『合葬』を読むと気配が伝わってくる。とても好きな漫画。

『合葬』(杉浦日向子)

当時の日本は、西洋との交流で自然科学の学問が発展したり、若いお侍さんたちが将来に不安や希望を抱いたり。

漫画の中に登場する塾で洋学を教える西洋人や、日本人妻と暮らしながら店を営む西洋人の姿がプライヤーに重なった。

プライヤーも東京大学の前身である開成学校で1876年7月から1877年5月まで外国人講師として働いていたようだ。そして開成学校とは、『合葬』の登場人物、森篤之進が学問を学んでいた開成所(江戸幕府の洋学教育研究機関)が、明治元年に名前を変えたものである。


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by macchi73 | 2016-05-13 23:55 | 【生物】昆虫・その他の生物 | Comments(0)