2017年 12月 10日
フェイジョア大豊作
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今年もフェイジョアが豊作だ。年々収穫量が増えている。

フェイジョアは晩秋から初冬にかけて熟した果実が落果するので、出勤前に拾っては玄関の棚の上に集めておく。その辺一帯が甘い香りになって、家族にも好評の冬の芳香剤だ。そのまましばらく追熟させて、いよいよ香りが濃くなったら食べ頃という訳。

しかしうちのフェイジョアの株元はセージやタイムの藪になっており、拾い逃して地面で消えていく果実も多そうだ。で、帰宅して一息ついた夜、ちょっと収穫してみようかななんて思って外に出た。重そうにしなる枝先を見れば、真っ黒な夜空を背景に、産毛が白く光る丸々した緑の果実が沢山!

軽く触れただけでも簡単に枝から外れて、手の中を転がって地面に落ちる。あれえこの辺に落ちたよなあ……と、結局しゃがんで藪の中を探すことになる。夜で暗いこともあり、いちいち見つけ出すのは結構な手間だ。億劫になって、雑な気持ちでゆっさゆっさと枝を揺らしたら、ぼたぼた、ぼたぼた、ぼたぼた、と籠った音をたてて大変な数の果実が地面に落ちてきた。揺すっても揺すっても落ちてくる。ぼたぼた、ぼたぼた。うへー、なんだこれは。雨みたいで楽しい!

ひとしきり揺らして、あまりぼたぼた言わなくなってから、地面に這いつくばって果実を集めた。大きな袋にたっぷり2つ以上収穫できたので、子供用にサワー、大人用にリカーに漬け込む。まだまだ枝を見上げれば未熟な果実が残ってるけど、あとは自然に地面に落ちるに任せて、庭に棲むみんなの食糧としてもらおう。
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# by macchi73 | 2017-12-10 23:55 | 【庭】収穫、料理 | Comments(2)
2017年 11月 21日
『動物たちの喜びの王国』(ジョナサン・バルコム)
仕事の宿題が溜まりまくり。持ち帰りまくり。なのに移動中に見かけた本屋さんで面白そうな本をみかけてまとめ買いしてしまった。

そうして今日読んだのは『動物たちの喜びの王国』(ジョナサン・バルコム)。結論から言うと、すごく面白かった。人間以外にも喜びや楽しみ、遊びの心があるのか?っていう話。地球上の様々な生物に見られる行動や実験結果などが載っている。



まずは「人間以外の生物にも痛みや苦痛はあるか?」というテーマの研究が昔から数多されている事実には少し驚いた。研究するまでもなく当然あるだろ、特に脊椎動物であれば人間とも殆ど体のつくり同じなんだしって当たり前に思ってたが(でもそういう感覚って、東洋人に強いのかもしれない)。そこからまた一歩進めて、「では、様々な喜びもあるのだろうか?検証、考察してみよう」というのが本書の眼目。
一八世紀の哲学者ジェレミー・ベンサムは動物に関して有名な言葉を残した。「問題は、話すことができるか、理性的に考えることができるかではなく、苦痛を感じるかどうかである」。

(…略…)

わたしたちが、動物が感じるのは痛みや苦しみだけだと信じているのなら、その痛みや苦しみを取りのぞいてやればすべてうまくいくだろう。しかし、動物たちが喜びの感情ももつとわかれば、話は違ってくる。彼らから喜びを奪うのはよくないと思うようになるのではないか。

(…略…)

道徳的に考慮してもらう資格があるかどうかは、理性があるからというよりも、世界を感じとることができるかどうかで決められることを忘れないでほしい。それはほかの動物たちも同じであり−−というよりも、同じ資格があると考えるべきなのだ。

個人的には、人間と同じ感じ方ではないにしても、動物にだって悲喜こもごも色々あるのは当然のように思える。うちの庭にくる野鳥たちの様子なんて、まさに楽しみのために遊んでるのが明らかに思えるし。この本の中で触れられている、知覚能力や生活環境が違う生物たちは、私たちが感じたことがない喜びや感情も経験している可能性があるというのはわくわくする話だ。前に調べた、一生の大半を遠洋の空中で過ごす鳥セグロアジサシの高揚感とか、きっと自分には想像もできないんだろうなと思いつつ、想像してみたりする。

しかし、魚や昆虫にも気質の個体差が見られるというところは、ドキッとして少し痛みを感じた。簡単に死ぬことを見越して膨大な数を産む戦略の生物に対しては、ついつい種全体で一つのように認識してしまって、個体の喜びという視点ではあまり見てなかったと気づく。だけど、これまで観察してる時にも、ゆっくり揺らす触覚、陰影をすり抜ける滑らかな泳ぎ、満足感とか快感とか何かは感じてるのかもと思わされることは確かにあった。

そんなこんなで、没頭して面白く読んでしまい、気づいたら真夜中。机の上には、本を読み始める前に読み書きしてた仕事のレポートや資料がそのまま散乱。うわあ。

でも、後悔はしていない(と締切日にも言い切れるかは不明)。
この頃、人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとしオンリーのような話を聞くことが続いたりして、そういう時、何かがごっそり抜け落ちてしまっている感じがあって、ううーん、ってただモゴモゴしてしてしまうことが多かったが。なんていうか、この本を読みながら、人も、辛いことを取り除くだけではダメなんだろうなと思った。この地球は辛いことと同じく喜ばしいことにも溢れてるっていう感覚が必要だ。で、その喜びは、別に正しい人、頑張ってる人、心ある人とかだけに許されるものじゃなくて、あらゆるものにあって良いんだと思う。そのために出来ることは何なのか……。

本の最後、野生のチンパンジーの一匹が、夕日に見とれて食べるのも忘れて立ち尽くし、暗くなったのに気づいて慌てて去っていく様子の記述が可笑しかった。チンパンジーは、少なくともその瞬間はそれほど飢えてもおらず危険にも面しておらず、美しいものを見て物思いにふけり、日々の心配や生活に必要なものがいっとき抜け落ちた。それって快い時間だったろうし、その種の喜びって地球上に絶えず起きている。
「動物の生活は常に生存のための闘いである」という決まり文句が、大きな獲物をねらうハンターと同じようにこの世から消え去ってしまえば、自然に対するさまざまな誤解もなくなっていたのにと思う。

(…略…)

自然界には平安も安息もほとんど見当たらないと結論づけたとしても、それは無理もないところがある。わたしたちの日々のニュースもどうだろう。新聞の第一面には、暗澹たる運命の結末と悲観的な観測記事がでかでかと載る。それを読んだだけで、自分の家を強盗が押し入ろうとして見張っているのではないか、子どもは登校中に誘拐されるのではないかとついおびえてしまう。
しかし、あなたの心をむしばむこうした恐怖や不安は、実際の状況から見るとかなり的はずれになる。

(…略…)

同じことはチータはガゼルにも言える。自然は喧伝されているほど過酷すぎはしない。ガゼルは、わたしやあなたと同じように、たった一度死ぬだけだ。その死というのも、この世界に生まれてからずっと生きてきた時間と比べると、おそらくあっというまのできごとになる。

(…略…)

動物たちは死を迎えるまで、数十日、数百日、数千日の生を受けて、自然のもとで暮らしているのだ。途中でむやみに生命を脅かされることはほとんどないだろう。 (…略…) 特に、弱々しい子ども時代を無事通りぬけた個体は、おおむね長い平和な生活を送る可能性がある。恐怖や苦しみ、または死の瞬間は必ずあるだろうが、その瞬間を迎える前には、ゆったりとした生活やその喜びをたくさん経験しているはずなのだ。

マスメディアは、野生の動物は厳しいばかりで喜びのない生活を送っているというステレオタイプのイメージを当然のように押しつけてくることが多い。 (…略…) ほとんどすべてのホッキョクグマがおとなになる前に死ぬ現実を知るのは悲しいが、人間がその状況を環境汚染によってされに悪化させているのはさらに恥ずかしい。それでも、六ヶ月の子グマが母親グマに守られて、乳を与えられ育てられているときは、一〇〇回をはるかに超える日の出と日没を経験し、命のはかなさを嘆いたりするひまはない。それぞれの生き物の日々は、たとえ短く終わるものだとしても、いのちの経験は断然すばらしいことなのだ。


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# by macchi73 | 2017-11-21 01:08 | 面白かった本など | Comments(7)
2017年 11月 17日
森のカモシカ
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登山中、前方にみんなが固まってて、こっちを見て口をパクパクしながら森の中を指しているのが見えた。大きな身振りで声は無く、「可及的速やかに、しかし音を立てずに見においで!」ってメッセージがありあり。そこに何か素敵なものがいるんだということが分かる。

急いでそっと近づいたら、大きな黒っぽい獣がいた。しばらく見つめ合ってわくわくする。

それから獣ふいっと去り、場の空気が急に緩んでみんなが喋り出す。「この間、TVでも瓜坊見たよ、チョー可愛いね」「ああいう野生種を飼いならして家畜にしたんだろうね」「豚の祖先かあ」……そこでワタクシふと疑問に思うが、どうしてみんなイノシシの話をしてるのか?

で、聞いてみた。

−−あのさ、今みたのって鹿的なものってことなかった?

え、鹿じゃないよね、ということで満場一致。そっか、私は目が悪いしなあ。そう言や前に鹿を見た時はもっとスリムだった。全然違うのに、なんで鹿と思い込んだろう?

そして帰り道。いやあ今日は良いもの見た、やっぱり植物より動物の方がドキドキして嬉しいね、野生のイノシシとか見た事なかったね、なんて素人連中で盛り上がって話していたところ、熟練の引率者が忽然と仰られた。

あれはイノシシじゃなくカモシカだけど。

なんと!やはりシカ的なものだったか!そうだよ、変だと思ったんだよ、ぱっと見てシカって言葉が浮かんだんだよー!と悔しがるに、ベテラン重ねて曰く、

カモシカは鹿ではないよ。むしろウシの仲間。

がーん。
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# by macchi73 | 2017-11-17 23:55 | 【生物】昆虫・その他の生物 | Comments(3)