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2016年 02月 26日
2月ぐだぐだ日記
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庭でクリスマスローズが一株だけ先に咲き始めてた。
10年前に小さな2株を植えたらどんどん増えて、いつの間にか庭の木陰に広がりまくったクリスマスローズだけど、去年の夏に庭の木を切ってガンガン直射日光に当てたせいか、今年はちょっと勢いがない感じもする。まあでも、他の株も咲き始めないとわからないかな。

たぶん今年の満開時期は、例年よりちょっと早めで、来月頭くらい。

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最近仕事でよく行くオフィスのラウンジにグランドピアノがあって、面白そうですねとスタッフの人に話したら、練習室もあるから弾きたかったらそっちのアップライトピアノは使ってOKとの話。それで、しばらく昼休みに通って弾いてみたら、家の電子ピアノではスラスラ弾けるようになった曲でも、ピアノだとけっこう難しいということが分かった。なるほどなー、ピアノって電子楽器じゃなくて打楽器なんだなーと納得(打楽器は違うか?)。ピアノ、欲しくなっちゃうな。

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さらに先月から仕事で何度か行っている出先のすぐそばに、コンサートホールがあるのを見つけた。それで仕事帰りの夜にピアノコンサート聴いて、いい気分になって、ご馳走食べて飲んで帰る。

それで夜遅く帰宅して、また仕事忙しいねという話に「うんまあね……(今日はちょっと違うけど)」とか言葉を濁してたら、翌日、食事した店から忘れ物の電話があって、遊んでたのがバレバレ。

忘れ物を受け取りに行くついでに、今度は家族も呼んで、一緒にご馳走を食べた。
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当たり前なんだろうけど、ピアニストってピアノ上手いんだな。一台で弾いてても、ずいぶん沢山の音がでるもんだ。

コンサートでやってたラフマニノフってのをもっと聴いてみようとウェブで探したら、良いものを見つけた。デニス・マツーエフの弾くラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番、すげ格好良い! マツーエフ、すげ格好良い!!……好きになって、それから毎日聴いている。



ちなみにカラヤンの指揮で同じ曲のプロモーションビデオもあって、そっちはまた違った感じ。
カラヤンの美学により、見栄えの悪い人を後列に回して美男美女を手前に配置したり、音は別撮りで格好良い映像にしたりしてるらしい。道理で映画みたいな拡張高い映像で見応えあるが、後列に回されたらなんかへこむ……。





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by macchi73 | 2016-02-26 19:47 | 出来事・その他 | Comments(6)
2016年 02月 18日
月桂樹の鍋敷き
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Ameliaさんに月桂樹を送ったら、いい匂いのする鍋敷きとパンに変身して帰って来た。なにかわらしべマジック的な。

アロマティックホットマットというものらしい。鍋敷きの中に、乾燥した月桂樹と丁子を砕いて詰めてあるようだ。

熱い鍋や鉄瓶を置くと(置かなくても)、ほわーんと懐かしいような落ち着く香りがする。この匂いはどこかで知ってる……鼻を埋めてフガフガしたら、西方浄土のような気分になった。お寺の芳香に少し似てるのか?

それで、もらったパンを朝食に焼いて熱いスパイスティーを沸かしたら、食卓上がホカホカの芳香に包まれた。朝から何もかもが良い匂い。感謝。
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by macchi73 | 2016-02-18 06:45 | 庭仕事・収穫 | Comments(2)
2016年 02月 17日
冬の犬
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父の一周忌で末っ子と帰省、夜中に実家着。その後、大学生も深夜バスでやってきて合流。北国は遠い。そしてとんぼ帰り。

現代のSNSの力が何か働いて(?)ずっと会ってない地元友達がプチ同窓会をアレンジしてくれた。みんなは時々会ってるらしいが、私は短期間の同級生だったので一人だけ30年ぶりだ。会場のお店に行ったら入口に人々が集まっていた。あ、年齢的にあのグループか?と笑顔で近づき、やっぱ30年は長いなー、全然わからん、とかしみじみしたら、違う人たちだった。

それで座席まで行ったら、見覚えある懐かしい顔が揃ってた。みんな想像よりずっと若い、ってかローティーンの時の面影がそのまま。これが同輩フィルターか……。話してるうちに、当時のことがどんどん思い出されて、懐かしく楽しかった。その場にいない人たちの近況なども聞いて驚いたり、でもみんな何かしら子供の頃のイメージに合った仕事についてるもんだなーと感心したり。総じて、みんなピカピカで生き生きしてて、経歴が面白かった。まあ、お家も良くて賢い子たちが多い学校だったからな。

面白かったので、みんなと別れてから、以前風のたよりで聞いていた、学校関連でない友達のところにも行ってみた。年下ですごく小さい子だと思ってたのが2m近い立派な大人になっててビックリした。小さかったから私のこと覚えてないかな?と思ったけど、覚えてるよという。本当かどうかはわからない。当時一緒に過ごしてた年長の子のこととか聞く。

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子供のとき、ピカピカの学校友達と、そうでない友達がいた。後者の予後を前者と比べてしまうと、ものすごく気重な嫌な気分になる。
そうでない友達の家にはちょっと似てる匂いがあって、入ると床が見えなかったり、ずっと壁の方を向いて寝ている大人がいたり、急に怒鳴られて追い出されたりした。うちはこの先、どっちに転ぶかな?と私は様子を窺っていた。我が家も時にシャウト&クライ&ブラッドシェッドが勃発するスリルとサスペンスに溢れた状況ではあったが、時たまある何か根本的に陽気なところが頼みの綱だった。結果、大人達は治療したりなんなりで、特に問題ない家庭に落ち着いたと言える。子供の私にはわからなかったが、たぶん常に問題ない家より、ある意味頑張った面もあるのかもしれない。

でも、そのゴタゴタした時期に私は自分のやり方を身に付けている最中だったので、家からはどんどん遠ざかってしまった。それを責められればもっと逃げ腰になり、決して大人に近づかなかった。しかし自分が親になってみれば、我が子たちというのは警戒心薄く家によく居るもので、びっくりするほどスキンシップが多く、勝手にペラペラ喋り笑い賑やかだ。そして、そういう子供の近しい態度が、大人の幸福度にはけっこう影響するものだと知った。

私は大人の幸福度に貢献できなくて悪かったなあと思ったり。でもまあ、人懐こい孫たちが充分返してくれたろうと思ったり。祖父母たちとの顔立ちなどの相似を見れば、この子らの人懐こい性質も、違う育ち方をした場合の、彼ら大人たちの本来の持ち味だったりしたのかもなと想像したり。

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思い出や記憶って、一つ一つはバラバラのスナップショットみたいだ。

バラバラのそれらに因果関係は、実はそれほど無いと感じる。「AだからBだった」という言い方もできるし「AなのにBだった」とも言えるし、違う要素を組み合わせて「いや、CがBに繋がった」とも言えるだろうし、だから要はその人が、バラバラの思い出の間にどういう線を引くかで、いろいろと違ったストーリーが出来てくるのではと思う。夜空の星はただの散在した光の点なのに、星座の線の引き方で、動物に見えたり人に見えたりするのに似てる(しかし、星座の線の引き方はちょっと強引だよな)。

なので、大人になってから色々なことを知り、点と点をつなぐ線を引き直して、子供の時とは違う見方をすることっていうのは、よくありそうだ。親になって知る親心、とかそういう系。学習であり、成長であり、言い訳だったり、悟りだったり、一般論への落とし込みだったり。

でもそれとは逆に、手持ちのスナップショットとしての個々の記憶については、後から認識を変えるのは難しい気もする。熱かった、冷たかった、赤かった、青かった、臭かった、甘かった、湿っていた、乾いていた、ヌルヌルしてた、ザラザラしてた、一瞬だった、長かった……そういう細かい感覚は、そのまま積もって、好き嫌いとか愛着とか苦手感とかの感覚的なものが根付いて行くんだと思う。すごくいっぱいスナップショットを持ってる人もいるだろうし、ほんのちょっとだけをずっと持ってる人もいる気がする。

子供の時、一番一緒に過ごした大人が亡くなる時に、macchi, 自分の人生には何も良いことがなかった、と一言いわれた。何もなかったはずはないと思った。たぶん言いたかったのは、最後が不本意だったということだろう。または単に、一瞬、そんなこと言ってみたいブルーな気持ちだったってだけかもしれない。でも、もしかしたら場合によっては、最後から遡って全部のスナップショットを不本意なストーリーに染めてしまうってことがあるのかもしれない。

私はどうしたいかと考える。ストーリー的なものは、その時点の気分や状況によって変動する可能性があるので、あまり重要視しても仕方ないような気がする。出来事を線で繋いだ総和より、バラバラのスナップショットの中に際立って鮮やかなものが幾つかあれば、そっちの方が自分的には良いかなと思う。それで、できれば後からの解釈なしで、その時のその感じを、そのままとっておきたい。悪い結果になっても、楽しかったことは楽しかったまま。良い結果になっても、嫌だったことは嫌だったまま(の必要は、ないか?)。

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雪国と思い出つながりで。
情景や天候、空気の感じがすごく生き生きと伝わってくるのは、自分も北国育ちだから?

『冬の犬』(アリステア・マクラウド)
まだ少年だった頃、私たちはよく、ぬるぬるした春のサバを手で捕まえて、自分の姿が映っていないかと、その見えない目をのぞきこんだものだ。そして、ロブスター・トラップの濡れたロープが引き上げられると、ロープの撚り糸を一本だけつまんで、つまんだ箇所から一メートルくらい離れた別の箇所で、それと同じ撚り糸を探し当てるという遊びをやった。別々の撚り糸が何本かねじり合わせて一本のロープになっているのだから、それを探し当てるのはむずかしかった。自分の判断に確信を持つことや、物事をよく見て理解することは、常に難しい。だから、ロープのねじれた撚り糸を見て理解するのも難しい。そして、ねじれて、もつれてしまった愛の撚り糸を、よく見て理解するのは、いつの時代でもむずかしい。




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by macchi73 | 2016-02-17 00:54 | 書籍・CD | Comments(4)
2016年 02月 14日
金柑と胡桃のチョコレートケーキ
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先月、実付きのキンカンを花屋さんで買った。
購入時の小さな鉢から、手持ちのスリット鉢に植え替えようと思ってたんだけど、2月は休日出勤と朝帰りが続いてグッタリしてしまい、気づけばそのままずいぶん日が経ってしまっていた……。その間ずっと、キンカンの苗と鉢と用土は庭先に出しっ放し。すっかりヒヨドリやメジロのお食事処となってしまっている。
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それでとりあえず、鉢はリビングのすぐ外の縁側に避難させた。
ここならガラス一枚挟んですぐそこに人がいるし、野鳥も怖がって寄って来ないだろう……と思ったのに、大胆にも人のすぐ傍までやってくるヒヨドリが一羽いる。肝が据わったヤツだなあ。
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子供が面白がって「うわーすごい、すごい近くまで来るよ〜!」と、ヒヨドリの様子を伺いながら、ジリジリと少しずつリビングの中へと鉢を移動し始める。恐れ知らずのヒヨドリ、どこまでなら食べに来るかな?
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結果、さすがに家の中までは食べに来ないことが分かった。

それで、まだ庭で未練がましくキンカンを見ているヒヨドリを横目に、人間は美味しそうな果実だけ摘み取って、キンカンとクルミのチョコレートケーキを焼いた。柑橘類とチョコレートの組み合わせ、私は好きだ。しかし、「え。俺はすっぱいものとケーキは別々の方が好きだ」と夫。あらま。次から覚えとく。
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それからまた鉢は庭に出して、残りの果実は小鳥たちに譲る。途中で横取りしてごめんよ。



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by macchi73 | 2016-02-14 12:00 | 庭仕事・収穫 | Comments(5)
2016年 02月 13日
ゆきてかえらぬ
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目が覚めたけど、なんだか薄暗い。

窓を開けたら雨が降ってた。けど、全然冷たくない。そっか、今日って4月並みの暖かさになるとか言ってたっけ。こんな変な天気の日って、なんかワクワクする。

すぴーすぴー、むう、すぴーと安らかな寝息をたてている夫を起こさないよう乗り越えてリビングに行ったら、既に末っ子が起きて外を見ていた。今日は暗いね、雨の日って静かだよね……とか話しながら、変な空気を肌で感じるために庭に出る。足元で、今年初の福寿草が濡れて咲いてた。空気もザワザワして妙に生温く、優しい感じの霧雨で、植物たちが喜びそうだ。菜園でタイムをちょっと摘んで、末っ子と一緒に朝食のピザを焼く。そして皆を起こす。
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朝食後。
末っ子に散歩行こうかと誘ったけど、今日は家で本を読んだり遊んだりしてるという。夫も今日は寝てるという。

それで一人でサイクリングに出た。午後は快晴。2月なのに23℃超えという暑さで、空は真っ青。上着も全部脱いでTシャツになって、ズボンをまくって自転車を漕ぐと、皮膚の上を暖かい風が流れて行って、ものすごく気持ち良い。せっかく一人だし、でたらめに知らないところに行ってみようと思い、上水や川をどんどん辿って行ったら、河津桜が咲いてるところがあった。土手にはフキノトウも出てる。うわー、春だなあ。
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途中、見知らぬ長閑な公園でザリガニ捕りしてる子供にザリガニの巣の探し方を教えてもらったり、喫茶店で水分補給したり、小さな自然観察園みたいなところで在来生物の水槽を眺めたり、行き止まりの多い住宅地の細い路地でジグザグしたり、畑の広がる平らな場所を通り抜けたりして、良い感じに迷子になったところで、ざっくり方向転換して自宅方面に戻らんとす。たぶん、おそらく、こっちが家だと思うんだ……。

そうして、お日様の位置がだんだん低くなって影が伸びて、光が赤みを帯びた黄色になって来たところで、周りがなんとなく知った風景に変わり、夕方には無事に家に着いた。日が長くなったなあ。

迷子中って、行き交う人たちの言葉も一枚膜をかけたように聞こえたり、自分がどっちに進んでるのか東西南北を見失ったりして、いきなり周りの景色が曖昧化する。そのくせ肌にあたる風の感触や、木の枝の細かな造形、流れてくる音楽なんかは、逆に妙にハッキリ迫って来たりして。なんとなく夢の中と共通する感触がある気がする。

そのせいか、迷子から脱する時は、夢から醒める時の気分に少し似てる。安心するけど、ちょっとだけ名残惜しい。
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迷子から醒めなかったら、どうなるか?−−向こう側に行きっぱなし。

『在りし日の歌―中原中也詩集』

中原中也の「ゆきてかへらぬ」なら、ちょっと甘い。

迷子の時、空気の中に蜜があるのを、私も感じる。
僕は此の世の果てにいた。陽は温暖に降り洒ぎ、風は花々揺っていた。

木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停っていた。

棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者なく、風信機の上の空の色、時々見るのが仕事であった。

さりとて退屈してもいず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食すに適していた。

(中略)* * *

林の中には、世にも不思議な公園があって、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。

さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いていた。


一方、ボウルズの迷子は悪夢っぽい。

『優雅な獲物』(ポール・ボウルズ)

ボウルズのこの短編集の中身は、行って戻れなくなった主人公の物語ばかりだ。迷子になるのは、いつもアメリカの知識層の男性(またはそれに類する何か)。行く先は、アフリカ的な呪術と混沌に満ちた地。そこでは人々は男とは違った話法で話し、行動する。そしてその混沌の中で迷った男は、もう二度と、馴染みの明晰な世界には戻れない。

どの短編もほぼ同じテーマを扱っていたけれども、一編だけ『学ぶべきこの地』は、女性主人公がアフリカからアメリカへと出て行く物語で、逆方向の行きて戻らぬ物語なのが珍しい感じがした。「学ぶべきこの地」っていうのが、主人公マリカが学ばなくてはいけない、アメリカ世界のこと。

ボウルズがよく書く明晰から混沌への迷子ストーリーには、胸苦しくなるような切迫感があるけど、『学ぶべきこの地』の混沌から明晰への迷子という逆ルートの物語だと、あんまり圧迫感はなくて、むしろ虚脱感がある。つまり混沌側には残酷と恐怖があり、明晰側には虚無があるのかも。

アメリカに渡った主人公マリカは思う:
何週間もの間、彼女は町の人々の生活ぶりを眺めていたが、いかなる法則も見出すことができなかった。人々はつねにどこかへ行く途上であり、急いでいた。彼らがみな似たりよったりだと思いこむほど愚かではなかったが、それでもだれがだれなのかを知る手立てはなかった。モロッコでも、ヨーロッパでも、一方に忙しくしている人がいれば、もう一方にそれを眺めている人がいるはずだった。いつもだれかがなにかをしているときには、必ずその観察者がいた。アメリカではだれもがどこかへ行こうとして、だれもそれを坐って眺めてなどいないという印象がした。このことが彼女を混乱させた。彼女は自分が旧知のあらゆることから遠くに、限りなく遠くにあるような気がした。

『優雅な獲物』を読むと、混沌側の人間は学ぶことで明晰側に来られるけど、いちど明晰側に渡ってしまった人間は、どこかを壊さないでは混沌側に行くことはできないんだと思わされる。(まあ観念的な話で、実際はそうとも限らないよなと思うけど)

こういう強いエキゾチシズムって、ボウルズ自身の人生の反映(アフリカに渡って、戻らなかった)ってのもあるだろうけど、白人文学には似た感じのものをしばしば見るように思う。西洋から見た西洋以外の世界って、こんな風に混沌としていて、動物的で、恐ろしくもあり嫌でもあり強烈に惹きつけられたりもするものなのかもしれない。日本もちょっと前なら、主人公側じゃなくて、混沌側の世界だったかな?

現在の自分がいるのは、混沌側の世界ではないなと思うと、ちょっと安心する。でも一方通行の終わり側にいると思うと、ちょっと残念だ。迷子になった時に、迷子を終わらせようとはしてるんだけど、もっと続いて欲しくもあるのと似てる、かも。



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by macchi73 | 2016-02-13 23:55 | 書籍・CD | Comments(3)