「ほっ」と。キャンペーン
カテゴリ:書籍・CD( 152 )

2016年 04月 01日
泣かない高学年
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末っ子が、囲碁をしようと誘ってきた。久しぶりだったけど強くなっていた。さすが今月から高学年に突入するだけある。

本人もいけると感じたのか、珍しく果敢に敵陣深くまで飛び込んでグイグイ攻めの姿勢を見せたが、あー良い感じだけどここに欠目があるからこうなっちゃうかもよ……とバタバタっと逆転負けの結果になったら、「そっかあ、本当だー。うーん……ちょっとタイム、ちょっとトイレ〜」と言って席を外し、しばらくしてから少し泣いたように瞼と鼻を赤くして戻ってきた。そして、「よし、じゃあもう一回やろう!」とサラッとした態度で再挑戦してきた様子を見て、母は感動した。成長を感じた。さすが4月から高学年に突入するだけあるよ!

もっと小さい時は、将棋や囲碁を始める前に「言っとくけど、負けて怒るならやらないよ」といくら念を押しておいても、最後は絶対に怒りだして「つまんない!つまんない!もう嫌だー!!今の無しー!」とか涙と鼻水をブシューと出して、盤上を滅茶苦茶にかき混ぜたりしていたものなのに。

ピノコよ、これは構造的に最後はどちらかが勝ってどちらかが負けることが避けられない仕組みのゲームだからね。勝つこともある、負けることもある、それを理解して成り行きを楽しむっていう風にできない相手と勝ち負けゲームすんのは、お母さんは嫌だよ、楽しくないよ。一局一局でギャーギャーいう格好悪い真似はやめて、まずは勝ったり負けたりしながら上達すること楽しもうよ。負けて泣く子とは、協力ゲームだけ一緒にやるよ……とか、毎回クドクド言ってた甲斐があったか。わかってくれたか。

……なんて、感慨に浸っていたのが、夕方のこと。

夜、お風呂に入りながら、さっきの囲碁は偉かったねーと言ったら、「うん、全部グチャグチャにしたかったけど、そうするとお母さんと喧嘩になるからね」とか言う。えっ、そうなの?そんな理由なの!?しばし、呆然。

それから段々、すごく可笑しくなってきた。
娘は、私がクドクド言ってた内容じゃなく、仲良くやりたいけどうるさい相手と平和裡に事を進めるための方法を学んだ訳だな。それ、相手に言わないで隠しておけるようになったら、もっと上級なんだろうけど。(あ、でも敢えて言うのも、意外と良いのか?)

まあ、人の言動から、何を学ぶのかは自由だ。そして私は教え下手だ。


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負けたくない繋がりで。
絶対泣かない、泣けない、けど負けそうな時にスマートに振舞うこともできない、不器用でスーパー勝気な人の話って、なんかグッと来て、微妙に馬鹿馬鹿しいから好きだ。自転車のランス・アームストロングしかり、脱出王のフーディーニしかり(でもフーディーニの方が周りに愛があるせいで殺伐感がない)。たぶん、ずっと、自分にはできる、自分にはできるって、言い聞かせるようなところあるんだろうな。頑張れよ!と思う。

『フーディーニ!!!』(ケネス・シルバーマン)

これは写真もいっぱい載ってて面白い伝記だった。

フーディーニは、アメリカで「脱出王」として有名になったハンガリー出身の奇術師。最愛の母を亡くしたことが原因で、当時流行っていた降霊術に興味を持ったが、トリックと見破ると、超能力や心霊術のいかさまを糾弾する活動でも名を馳せた。常に引くことを知らず挑戦的な態度は面白がられもし、憎まれもしたようで、楽屋に来た若者に「腹を殴られても平気ってホントっすか?」(実際は、そんなことはフーディーニは言ってなかったが)ってな感じで絡まれて、受けてたったことが死因となった。自分の死の直前には、もし死後の世界があるなら絶対に連絡するからと、妻のベスとの間に暗号を決めていたことでも有名。
いったいフーディーニはどのようにして開けたのだろうか。不確実であるがゆえに絶えず人の頭を悩まさずにはおかない、それがフーディーニの名声を保ち続けてきた主な要因である。フーディーニの脱出は、迷宮入りの大犯罪のように、曖昧さをいっさい排除して生きたいという人間の願望を損なう。謎は解明されることを切望しながら、解明されないまま、その神秘を永久に保存している。(略)

フーディーニはハリー・ケラーの葬儀の模様をフィルムに撮っていたから、もし誰かが彼の葬儀の一部をカメラに収めたということを知ったら、さぞ喜んだことだろう。一分そこそこの長さでしかないが、車の行列や埋葬シーンの断片が今も残っている。(略)

四方八方から花が、弧を描き、輪を描き、あるいはまっすぐに落ち、わずかにコマ送りのスピードを遅くしたフィルムの中で無数のぼやけた筋となり、その隙間からは参列者たちの顔もほとんど見えない。ましてや表情を読み取ることなどできそうにもない。驚いているのだろうか?不愉快なのだろうか?ただ疲れているだけ?それとも花が投げ入れられるのを見て心の内を顧み、自らに思いを巡らし−−きっと考えているのだろう。自分もまた秘密を抱えて逝こう、と。

当然、BGMはフォスター・ザ・ピープルの"Houdini"で決まり(動画もとても面白い!)。
このアルバム(『Torches』by foster the people)は、全曲それぞれに変なフックがあって飽きない良盤だと思う。





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by macchi73 | 2016-04-01 21:30 | 書籍・CD | Comments(2)
2016年 03月 23日
子供のピアノ
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このあいだ観た舞踊で使われてたピアノ曲が良い感じだった。一緒に行った夫も、あのピアノ良かったね、ああいうの弾いてよと言う。でもクラシックじゃないし、ポップスっていうより古びた感じだし、分野は何になるんだろう?雰囲気としては、クリンペライとかパスカル・コムラードとかになんとなく似てたけど……。

そんな感じで色んなアルバムをゴタゴタ引っ張りだして聴いてたら、やっぱり電子ピアノだけじゃなくて物理的に叩いて鳴らす本物のピアノも欲しくなっちゃった。

で、買っちゃった。

……なんてな。トイピアノだけど。

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ピアノの音とは違うけど、これはこれで可愛くて良い。小さくて軽いので、外遊びのお伴にも。

ただし32鍵しかないからピアノ用の楽曲だと弾けるものが限られるみたいだ。トイピアノ専用楽譜が色々あるサイトを見つけたので(→DLmarket: mendel books)、Youtubeもお手本にしながら、可愛いものを幾つか練習中。



夜、仕事から帰って暗い庭に立つと、娘が弾いてるトイピアノの音色が小さく聞こえてきて、やたら懐かしいような切ない気分になる。拙い感じの音がかえって綺麗に聴こえるような、不思議な感じ。

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KAWAIのトイピアノ、パッと見、本物みたいで胸ときめく。ミニチュア好きの血が騒ぐ。


しかし、選ぶにあたって、憧れのグランドピアノにするかどうか凄く迷って、結局、アップライトにしたという……。オモチャと言えども、ついつい省スペースを考えてしまう東京の住宅事情や哀し。

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by macchi73 | 2016-03-23 23:55 | 書籍・CD | Comments(4)
2016年 03月 21日
親子喧嘩
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3連休の中日の朝。
なんだか久々にゆっくり子供と一緒に過ごせるなーと思って、今日は何でも好きなことに付き合うよって言ったら、漫画喫茶で半日過ごしてみたいという。

ええー、ごめん、その選択はナイ!
せっかくのお天気の日に勿体ないよ、漫画喫茶なんてシケた密室には(←失礼、好きなんだけど)雨の日とか夕方とか、もっと貴重じゃない時間帯を使って連れてってあげるからさー、と説得したが、「なんでもって言ったのに……」と不満そうに黙り込む子ども。そこに夫が加勢してきたので、こちらは全くの不利となり、「行きゃあ良いんでしょうが、行きゃあ!もう絶対『なんでも』とかって言わないからな!私は君らに対して慎重になる!」と、プリプリしながら漫画喫茶に行くことになった。

それでムッツリしながら漫画読みに入ったら、やっぱり漫画は面白く、半冊目くらいで思わず「フヘッ」とか笑ってしまって目があって、さっきごめんよ、と仲直りする。そっからはお互いに独り笑いしつつ、一緒にゴロゴロ寝そべって、黙々と4時間ほど物語にどっぷり浸る。

そうして、今日はすっごい読んだねー、満足だー、ぐったりだー、と1日の終わりくらいの気持ちで外に出たところ、まだまだ明るくて暖かい昼下がりだった。うわ、ちょっとしたタイムスリップ感。

で、午後はサイクリングに行って、暗くなるまで外で遊んだ。
帰り道、充実した1日だった!という娘。確かに、なんだか二日分遊んだみたいな気持ちがする。
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それで思ったんだけど。
私は毎日ずっとオフィスに閉じこもって過ごしてるから、お昼の陽光や外気ってものすごく貴重なものに感じるけど、子どもはいつも外で遊んでて、年に数回大人といる時しか漫画喫茶なんて入れないから、そっちの方が特別感があるんだよなあ。きっと。
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漫画喫茶で読んだ一冊(ってか、上下二巻)。

『百万畳ラビリンス(上) 』

話の筋は、すごく面白い出来かっていうと、そうでもなかったんだけど。

団地っぽい部屋や畳敷きの和室が変な風に歪んでどこまでも連なるラビリンスの感覚が、とっても良かった。こういう場所、夢で見たことあるなーって感じ。

個人的なかなり偏った嗜好の話になってしまうが、変な場所に迷って出てこられなくなる物語って、映画でも漫画でも小説でも、昔から何故か妙にグッとくるんだよなー。古くは子どもの頃に読んだ眉村卓の『迷宮物語』とか、小説だけでなくアニメ版も好きだったんだけど、風景的にはそういうのに通じる感じがちょっとした。

あと、私もゲーム好きな子どもだったので、昔のゲーム話のアルアル話も共感できたり、風景のモデリングの手法とかも「うんうん、ゲームだとそうだよね」って思えたりとか。

小学校の時、ファミコンのソフトをわざと半挿しにしてプレイすると普段と違う変なステージが現れるという現象を見つけた時には非常にワクワクして、そればっかりやってたのを思い出した。マリオブラザーズとかドンキーコングとか、いつもの場面なのに、床に見た事がない穴がボコボコあいてるとか(←これは本当にそうなる)。そしてその中のある穴に落ちると、隠しステージである地下世界を見ることになるとか(←これは当時の期待と空想)。

そういう嗜好や経験がある人には、おすすめの漫画かも。

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by macchi73 | 2016-03-21 23:55 | 書籍・CD | Comments(0)
2016年 03月 08日
春の芳香さんぽ(早く帰った日の夕方の)
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6時前に帰宅したら、まだ明るい。庭でボール遊びしている小学生たちが、薄着で「あ、おかえりー」と言う。気づけば夕方なのに全然肌寒さもない。この夕べのほの明るさ、暖かさ、もう春だ。

花の良い匂いがする。見たら、ローマンヒヤシンスの花で庭の地面が点々と青い。深呼吸して、肺いっぱいに香りの空気を吸い込む。ヒヤシンスだけじゃない、足元には水仙、少し先のお家の梅の大木、沈丁花の生垣、裏庭の白木蓮、色々な花が香っているようだ。うっとりする。
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ねえ、いま、色んないい匂いの花の時期だから、一緒にニオイ嗅ぎ散歩に行かないか?と小学生たちを誘う。そしたら、「うーん、行かない!ボールしてるから!」と元気いっぱいの返答。即答。なんとハキハキした子たちだ。了解。

それでその場を去ろうとしたら、末っ子が、「あ、きょう、生垣のとこのフキノトウ摘んだよー、友達とも分けたから少しだけど、今日食べようね!」と言う。キッチンのテーブルの上には、丸々したフキノトウがポツンと3つ。なんだか、何もかもが春を指し示している。
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そしてリビングへ行ったら、部屋じゅうピカピカで、夫が寛いでいた。うへー、どうしちゃったんだよ〜、すごいじゃん!と驚いたら、得意そうな顔で、まあねと言う。その澄まし顔にグッと来て、まだ明るいから二人で散歩に行かないかと誘ったら、「うーん、行かない…晩御飯の買い物してきて……」と、ここでも即答された。了解。

よし。だったら、距離を気にせずぶらついて来よう。
自転車で、お気に入りポイントの郊外の土手まで来て、上着を脱いで「シャツ一枚なのに寒くない!」と感動しながら、空が薄灰色になって、オレンジと青になって、藍色になるのを見た。頭の中で音楽を鳴らして、しばらくボーッとする。そして、やば、いつの間にか遅くなった……と、慌てて晩御飯を買いに、またチャリを飛ばす。

郊外の、木々と空の広々した感じって気持ち良い。で、そっから街へ繋がる黒くて滑らかな新品のアスファルトの道を自転車で滑るのも好きだ。それで、街に入ってからの、細かい路地にいっぱいお店や家が並んでキラキラ光ってて、雑多な人がざわざわ行き来してて、小さい子が駄々こねたりお母さんが怒ったりしてる声を聞くのも楽しい。
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晩御飯は、ゴロゴロした硬い肉がいっぱいのカレーにした。家族は柔らかいお肉が好きだけど、お母さんは硬い肉をチューイングするのが好きなんだ!そして、なぜかさっきより数が増えているフキノトウ−−「これ、美味しいんだよって話したんだけど、友達がやっぱりイイやって置いてったー」(by 娘)−−は、天ぷらにして食べた。ほろ苦くって美味しい、春の味。

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今日の散歩BGMは、末っ子と一緒に弾ける簡単で良い曲ないかなーと思って、一昨日に楽譜を買って練習し始めた曲。CDはまだ届いてないから、本当にこういう曲かはよくわからないけど(楽譜よめない母子……)、すっかり親子の鼻歌ソング。



同じ作曲家の方の楽曲が、こちらのショップサイトでいろいろと試聴できた。トイピアノ用の曲、鍵盤が少ない分、子供と並んで弾けて楽しいかも。

『TOY MONEY & A GUEST AT TABLE NO.3』(木太聡)

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by macchi73 | 2016-03-08 23:55 | 書籍・CD | Comments(7)
2016年 02月 17日
冬の犬
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父の一周忌で末っ子と帰省、夜中に実家着。その後、大学生も深夜バスでやってきて合流。北国は遠い。そしてとんぼ帰り。

現代のSNSの力が何か働いて(?)ずっと会ってない地元友達がプチ同窓会をアレンジしてくれた。みんなは時々会ってるらしいが、私は短期間の同級生だったので一人だけ30年ぶりだ。会場のお店に行ったら入口に人々が集まっていた。あ、年齢的にあのグループか?と笑顔で近づき、やっぱ30年は長いなー、全然わからん、とかしみじみしたら、違う人たちだった。

それで座席まで行ったら、見覚えある懐かしい顔が揃ってた。みんな想像よりずっと若い、ってかローティーンの時の面影がそのまま。これが同輩フィルターか……。話してるうちに、当時のことがどんどん思い出されて、懐かしく楽しかった。その場にいない人たちの近況なども聞いて驚いたり、でもみんな何かしら子供の頃のイメージに合った仕事についてるもんだなーと感心したり。総じて、みんなピカピカで生き生きしてて、経歴が面白かった。まあ、お家も良くて賢い子たちが多い学校だったからな。

面白かったので、みんなと別れてから、以前風のたよりで聞いていた、学校関連でない友達のところにも行ってみた。年下ですごく小さい子だと思ってたのが2m近い立派な大人になっててビックリした。小さかったから私のこと覚えてないかな?と思ったけど、覚えてるよという。本当かどうかはわからない。当時一緒に過ごしてた年長の子のこととか聞く。

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子供のとき、ピカピカの学校友達と、そうでない友達がいた。後者の予後を前者と比べてしまうと、ものすごく気重な嫌な気分になる。
そうでない友達の家にはちょっと似てる匂いがあって、入ると床が見えなかったり、ずっと壁の方を向いて寝ている大人がいたり、急に怒鳴られて追い出されたりした。うちはこの先、どっちに転ぶかな?と私は様子を窺っていた。我が家も時にシャウト&クライ&ブラッドシェッドが勃発するスリルとサスペンスに溢れた状況ではあったが、時たまある何か根本的に陽気なところが頼みの綱だった。結果、大人達は治療したりなんなりで、特に問題ない家庭に落ち着いたと言える。子供の私にはわからなかったが、たぶん常に問題ない家より、ある意味頑張った面もあるのかもしれない。

でも、そのゴタゴタした時期に私は自分のやり方を身に付けている最中だったので、家からはどんどん遠ざかってしまった。それを責められればもっと逃げ腰になり、決して大人に近づかなかった。しかし自分が親になってみれば、我が子たちというのは警戒心薄く家によく居るもので、びっくりするほどスキンシップが多く、勝手にペラペラ喋り笑い賑やかだ。そして、そういう子供の近しい態度が、大人の幸福度にはけっこう影響するものだと知った。

私は大人の幸福度に貢献できなくて悪かったなあと思ったり。でもまあ、人懐こい孫たちが充分返してくれたろうと思ったり。祖父母たちとの顔立ちなどの相似を見れば、この子らの人懐こい性質も、違う育ち方をした場合の、彼ら大人たちの本来の持ち味だったりしたのかもなと想像したり。

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思い出や記憶って、一つ一つはバラバラのスナップショットみたいだ。

バラバラのそれらに因果関係は、実はそれほど無いと感じる。「AだからBだった」という言い方もできるし「AなのにBだった」とも言えるし、違う要素を組み合わせて「いや、CがBに繋がった」とも言えるだろうし、だから要はその人が、バラバラの思い出の間にどういう線を引くかで、いろいろと違ったストーリーが出来てくるのではと思う。夜空の星はただの散在した光の点なのに、星座の線の引き方で、動物に見えたり人に見えたりするのに似てる(しかし、星座の線の引き方はちょっと強引だよな)。

なので、大人になってから色々なことを知り、点と点をつなぐ線を引き直して、子供の時とは違う見方をすることっていうのは、よくありそうだ。親になって知る親心、とかそういう系。学習であり、成長であり、言い訳だったり、悟りだったり、一般論への落とし込みだったり。

でもそれとは逆に、手持ちのスナップショットとしての個々の記憶については、後から認識を変えるのは難しい気もする。熱かった、冷たかった、赤かった、青かった、臭かった、甘かった、湿っていた、乾いていた、ヌルヌルしてた、ザラザラしてた、一瞬だった、長かった……そういう細かい感覚は、そのまま積もって、好き嫌いとか愛着とか苦手感とかの感覚的なものが根付いて行くんだと思う。すごくいっぱいスナップショットを持ってる人もいるだろうし、ほんのちょっとだけをずっと持ってる人もいる気がする。

子供の時、一番一緒に過ごした大人が亡くなる時に、macchi, 自分の人生には何も良いことがなかった、と一言いわれた。何もなかったはずはないと思った。たぶん言いたかったのは、最後が不本意だったということだろう。または単に、一瞬、そんなこと言ってみたいブルーな気持ちだったってだけかもしれない。でも、もしかしたら場合によっては、最後から遡って全部のスナップショットを不本意なストーリーに染めてしまうってことがあるのかもしれない。

私はどうしたいかと考える。ストーリー的なものは、その時点の気分や状況によって変動する可能性があるので、あまり重要視しても仕方ないような気がする。出来事を線で繋いだ総和より、バラバラのスナップショットの中に際立って鮮やかなものが幾つかあれば、そっちの方が自分的には良いかなと思う。それで、できれば後からの解釈なしで、その時のその感じを、そのままとっておきたい。悪い結果になっても、楽しかったことは楽しかったまま。良い結果になっても、嫌だったことは嫌だったまま(の必要は、ないか?)。

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雪国と思い出つながりで。
情景や天候、空気の感じがすごく生き生きと伝わってくるのは、自分も北国育ちだから?

『冬の犬』(アリステア・マクラウド)
まだ少年だった頃、私たちはよく、ぬるぬるした春のサバを手で捕まえて、自分の姿が映っていないかと、その見えない目をのぞきこんだものだ。そして、ロブスター・トラップの濡れたロープが引き上げられると、ロープの撚り糸を一本だけつまんで、つまんだ箇所から一メートルくらい離れた別の箇所で、それと同じ撚り糸を探し当てるという遊びをやった。別々の撚り糸が何本かねじり合わせて一本のロープになっているのだから、それを探し当てるのはむずかしかった。自分の判断に確信を持つことや、物事をよく見て理解することは、常に難しい。だから、ロープのねじれた撚り糸を見て理解するのも難しい。そして、ねじれて、もつれてしまった愛の撚り糸を、よく見て理解するのは、いつの時代でもむずかしい。




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by macchi73 | 2016-02-17 00:54 | 書籍・CD | Comments(4)
2016年 02月 13日
ゆきてかえらぬ
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目が覚めたけど、なんだか薄暗い。

窓を開けたら雨が降ってた。けど、全然冷たくない。そっか、今日って4月並みの暖かさになるとか言ってたっけ。こんな変な天気の日って、なんかワクワクする。

すぴーすぴー、むう、すぴーと安らかな寝息をたてている夫を起こさないよう乗り越えてリビングに行ったら、既に末っ子が起きて外を見ていた。今日は暗いね、雨の日って静かだよね……とか話しながら、変な空気を肌で感じるために庭に出る。足元で、今年初の福寿草が濡れて咲いてた。空気もザワザワして妙に生温く、優しい感じの霧雨で、植物たちが喜びそうだ。菜園でタイムをちょっと摘んで、末っ子と一緒に朝食のピザを焼く。そして皆を起こす。
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朝食後。
末っ子に散歩行こうかと誘ったけど、今日は家で本を読んだり遊んだりしてるという。夫も今日は寝てるという。

それで一人でサイクリングに出た。午後は快晴。2月なのに23℃超えという暑さで、空は真っ青。上着も全部脱いでTシャツになって、ズボンをまくって自転車を漕ぐと、皮膚の上を暖かい風が流れて行って、ものすごく気持ち良い。せっかく一人だし、でたらめに知らないところに行ってみようと思い、上水や川をどんどん辿って行ったら、河津桜が咲いてるところがあった。土手にはフキノトウも出てる。うわー、春だなあ。
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途中、見知らぬ長閑な公園でザリガニ捕りしてる子供にザリガニの巣の探し方を教えてもらったり、喫茶店で水分補給したり、小さな自然観察園みたいなところで在来生物の水槽を眺めたり、行き止まりの多い住宅地の細い路地でジグザグしたり、畑の広がる平らな場所を通り抜けたりして、良い感じに迷子になったところで、ざっくり方向転換して自宅方面に戻らんとす。たぶん、おそらく、こっちが家だと思うんだ……。

そうして、お日様の位置がだんだん低くなって影が伸びて、光が赤みを帯びた黄色になって来たところで、周りがなんとなく知った風景に変わり、夕方には無事に家に着いた。日が長くなったなあ。

迷子中って、行き交う人たちの言葉も一枚膜をかけたように聞こえたり、自分がどっちに進んでるのか東西南北を見失ったりして、いきなり周りの景色が曖昧化する。そのくせ肌にあたる風の感触や、木の枝の細かな造形、流れてくる音楽なんかは、逆に妙にハッキリ迫って来たりして。なんとなく夢の中と共通する感触がある気がする。

そのせいか、迷子から脱する時は、夢から醒める時の気分に少し似てる。安心するけど、ちょっとだけ名残惜しい。
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迷子から醒めなかったら、どうなるか?−−向こう側に行きっぱなし。

『在りし日の歌―中原中也詩集』

中原中也の「ゆきてかへらぬ」なら、ちょっと甘い。

迷子の時、空気の中に蜜があるのを、私も感じる。
僕は此の世の果てにいた。陽は温暖に降り洒ぎ、風は花々揺っていた。

木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々と、風車を付けた乳母車、いつも街上に停っていた。

棲む人達は子供等は、街上に見えず、僕に一人の縁者なく、風信機の上の空の色、時々見るのが仕事であった。

さりとて退屈してもいず、空気の中には蜜があり、物体ではないその蜜は、常住食すに適していた。

(中略)* * *

林の中には、世にも不思議な公園があって、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩していて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情していた。

さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いていた。


一方、ボウルズの迷子は悪夢っぽい。

『優雅な獲物』(ポール・ボウルズ)

ボウルズのこの短編集の中身は、行って戻れなくなった主人公の物語ばかりだ。迷子になるのは、いつもアメリカの知識層の男性(またはそれに類する何か)。行く先は、アフリカ的な呪術と混沌に満ちた地。そこでは人々は男とは違った話法で話し、行動する。そしてその混沌の中で迷った男は、もう二度と、馴染みの明晰な世界には戻れない。

どの短編もほぼ同じテーマを扱っていたけれども、一編だけ『学ぶべきこの地』は、女性主人公がアフリカからアメリカへと出て行く物語で、逆方向の行きて戻らぬ物語なのが珍しい感じがした。「学ぶべきこの地」っていうのが、主人公マリカが学ばなくてはいけない、アメリカ世界のこと。

ボウルズがよく書く明晰から混沌への迷子ストーリーには、胸苦しくなるような切迫感があるけど、『学ぶべきこの地』の混沌から明晰への迷子という逆ルートの物語だと、あんまり圧迫感はなくて、むしろ虚脱感がある。つまり混沌側には残酷と恐怖があり、明晰側には虚無があるのかも。

アメリカに渡った主人公マリカは思う:
何週間もの間、彼女は町の人々の生活ぶりを眺めていたが、いかなる法則も見出すことができなかった。人々はつねにどこかへ行く途上であり、急いでいた。彼らがみな似たりよったりだと思いこむほど愚かではなかったが、それでもだれがだれなのかを知る手立てはなかった。モロッコでも、ヨーロッパでも、一方に忙しくしている人がいれば、もう一方にそれを眺めている人がいるはずだった。いつもだれかがなにかをしているときには、必ずその観察者がいた。アメリカではだれもがどこかへ行こうとして、だれもそれを坐って眺めてなどいないという印象がした。このことが彼女を混乱させた。彼女は自分が旧知のあらゆることから遠くに、限りなく遠くにあるような気がした。

『優雅な獲物』を読むと、混沌側の人間は学ぶことで明晰側に来られるけど、いちど明晰側に渡ってしまった人間は、どこかを壊さないでは混沌側に行くことはできないんだと思わされる。(まあ観念的な話で、実際はそうとも限らないよなと思うけど)

こういう強いエキゾチシズムって、ボウルズ自身の人生の反映(アフリカに渡って、戻らなかった)ってのもあるだろうけど、白人文学には似た感じのものをしばしば見るように思う。西洋から見た西洋以外の世界って、こんな風に混沌としていて、動物的で、恐ろしくもあり嫌でもあり強烈に惹きつけられたりもするものなのかもしれない。日本もちょっと前なら、主人公側じゃなくて、混沌側の世界だったかな?

現在の自分がいるのは、混沌側の世界ではないなと思うと、ちょっと安心する。でも一方通行の終わり側にいると思うと、ちょっと残念だ。迷子になった時に、迷子を終わらせようとはしてるんだけど、もっと続いて欲しくもあるのと似てる、かも。



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by macchi73 | 2016-02-13 23:55 | 書籍・CD | Comments(3)
2016年 01月 18日
真冬の園芸(結果は春待ち)
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朝起きたら、カーテンの向こうが妙に白っぽい光。雪だ!
うわあ、庭、大丈夫か!?と、パジャマで慌てて外に出た。

と言うのは、年末に久々の庭仕事をしたら何か弾みがついてしまい、今月はちょくちょく無謀な庭仕事をしてしまっているからだ。巨大化した株や球根を小さく分けて植え直したり、ネットや近所の花屋さんで売られている面白そうな苗を購入しては庭のあちこちに植え付けたりもしてしまった。

e0134713_8465831.jpg昨日までの庭。

新しい苗、植え付けまくり。

冬とは思えない、とっても穏やかな暖かい庭だったのに……。呆然。


しかし冷静に考えると今はもう1月も後半なんだった。1年のうちで最も寒さが厳しい、真冬、厳冬期と言われる時期だ。この時期にいじって良い植物って、冬に休眠する根の太い樹木系のモノ(バラとか)くらいで、春に咲く準備をしている球根や苗はあまり動かしてはいけないものではなかったか?

なのに「まあ今年は暖冬だし(そう呼べる時期はもう過ぎた気もするが)」とか「庭で大増殖している草花だからきっと丈夫だろう」とか「いま花屋さんで売られてるってことは、植えても良いってことだろう?園芸書にはそう書かれていないけれど」とか、根拠もない楽観でガンガン作業してしまっていた。

もちろん根を凍らせたり傷つけないように出来る限りの注意は払って作業はしていたつもりだが、こういうのを未必の殺意というのかも。死なせるつもりはなかった、だけどもし結果的にそうなっても仕方ないと思っていた……。

一面の真っ白な世界に、植え替えホヤホヤの植物たちは耐えられるのか!?植物たちの生存率や如何に?

真冬の植替え・植込みが園芸的に許されるものなのか否か。その結果が分かるのは、春になってから。

それにしても、今日は偶然にも用事があって休みを取っていて良かったなあ……とか思って、部屋に戻る。そして台所で朝食の残りのパンの耳と砂糖と油を捏ね合わせて、即席バードケーキを作って庭木に吊るす。鳥たちもいきなりの雪で体を冷やしているだろう。それから、ベッドに戻ってもうちょっとだけゴロ寝。雪の日のぐうたら、たまらない。(まあ、すぐでかけるけど)

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備忘までに、今月いじってしまった植物は次の通り。
なんで春まで待てなかったんだ……と後悔しつつ。デッド・オア・アライヴ, 果報を寝て待つ!(春まで)

【庭で増殖したものを、土の整備をしてから株分けして植え替えた】
・タイム、ミント、オレガノ、ワイルドストロベリー、セージ
・ヒューケラ、ヤブラン、カレックス
・オオツルボ
・ブラックベリー、ボイセンベリー、ラズベリー
・芍薬(思っていたより根が巨大化してて、間違って二つに割って掘り返してしまった……ガーン!)

【球根・苗などを購入して植え付けた】
・ゲウム
・ゲラリウム・シューティングブルー
・球根ゲラリウム・ジョンソンズブルー
・ギリア・レプタンサ
・銅葉アルメリア(時期外れのため安売りの苗)
・エリシマム(大きい株を植え付けたが、大株は根付きにくいので種まき推奨という植物だった……)
・クラウンベッチ(雑草が酷いゾーンに、グラウンドカバーを期待して)


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Dead or Aliveつながりで。

ボーカルのピート・バーンズが、各種事情でゲテモノ芸能人みたいになっていてビックリしたのも最近のような気がするけど、もう随分前か。

むかし流行っていた時は写真しか知らなかったので綺麗な顔のお兄さんかと思っていたが、いま動画をみてみると、当時から結構可笑しさを醸し出してて、笑った。すごい動きだ!末っ子の踊りに似てる。


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by macchi73 | 2016-01-18 08:00 | 書籍・CD | Comments(6)
2016年 01月 05日
冬休み終わり
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楽しかった冬休みも、もう終わり。この休みはずっとお天気で楽しかったな。

最後の日は、朝から庭に出て、ぐうたら過ごした。
子供がお茶を入れてくれたので、昨日作った保存食を持ち出して庭で食事したり、本を読んだり。午後は小学生につきあって公園でボール遊びしたら、子供たちの体力に負けてクタクタ。

明日からまた仕事だ。頑張ろう。
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庭のハンモック、すごく気持ちいい……夫がいつも定位置にしている気持ちがわかる。

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昨日に引き続き、漫画の話。
こちらは、周囲から浮く変人系の物語とは逆で、普通にその辺にいる人の中のドラマを扱った物語。

詩情を楽しむ漫画ではなく、かと言って、ぐいぐい引っ張るストーリーがある訳でもなく、だけど何となく風変わりな感触があって面白かった。

『11(じゅういち)』(いがわ うみこ)

主人公の春義に関わる女性についての短編11話。絵がちょっとふざけた感じなんだけど(たぶんワザと)、それが話に合っていて、段々と可笑しくなる。

少し珍しかったのは、主人公の内面は描かれずに、他の人との関係性で徐々に分かってくるっていう構成かな。現実では、誰も自分の内面はいちいち語らないので、現実に似た感触とも言える。

こういう感じの人って、その辺にもゴロゴロいると思う。つまりその辺にいる人たちみんなの中にも、それぞれ独自の物語はある……って話。下手すると暗くなりそうな内容だけど、それを上手い感じにかわして、腑抜けた感じに笑えて、読後感は爽やか且つ妥当。

作者あとがきで、「おバカなハッピーエンド」と書かれていたが、いい感じかも。
個々の話としてクローズアップしてみれば誰の生だって変なところはあるけれど、世の中全体としてみれば大抵ありふれた話なんだから、それぞれで何とかいい感じにやってくものだ、みんなそうだ……って、ちょっと投げ出すようなエンディングに感じて、笑えた。

同作者の本では、これが一番好きだったけど、他の本も割とムラなく面白かった。大学生の長女に特に好評。女性向けという感じは、ちょっとする。


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by macchi73 | 2016-01-05 19:00 | 書籍・CD | Comments(5)
2016年 01月 04日
自家製りんごバター
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【りんごバターの作り方】
(1)リンゴ1個を薄く切って、砂糖2匙とバター20g程度で炒める。良い香り!
(2)リンゴがしんなりしたら、ハンドミキサーでペースト状にする(ミキサーがなければ、最初にすり下ろしたリンゴを炒めるのでも良いようだ)。
(3)少し冷めたらバター60g位をさらにドンと加えてよく混ぜる。好みでレモン汁を一振り、シナモンを少々。
(4)冷蔵庫で冷やし固めて、保存。


冬休みも終わりが見えてきたので、平日には遅々として進まなかった実家に頼まれていた用事を二日かけて片付けた。朝の6時過ぎに全部終わって、そのまま眠っちゃって、起きたら12時近く(昼の、で良かった)。ううー、頭イテ。でも、これで休み前にずっと気掛かりだったことも全部片付いた。まだ休みは残り1.5日残ってる。やった!

で、「寝坊だねー」と末っ子が友達と冬休みの宿題を片付けに出かけた間に、冬休み後に料理を手抜きできるよう、ちょっと作り置きをする。

まずは庭で収穫したレモンが幾つか残っていたのでレモンサワーにした。途中、ご近所さんが遊びに来て柚子をくれたので、ちょこっとだけ柚子も加える。柑橘類のサワーはすぐできるから、3日もしたらもう飲み頃だ。

それから他の方のブログでりんごバターというものがあるのを知って、作ってみる。
色んなレシピがあるみたいなので、家にあるもので適当にやってみたが、出来上がったら、びっくりするほど美味しい!
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さらに、宿題が終わった子供を助手にして朝食手抜き用のスコーンなどをどんどん焼く。食事用に、甘くないやつ。紅茶スコーンとプレーンなスコーン。それから腹持ちの良いオートミールのクッキーを2種類、ナッツとココア。これで早起きできなかった朝は、スコーンにりんごバターをつけて出せばいいだけだ。ふっふ。
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保存用に君のジャーをかしてくれ、と末っ子に頼んだら、アレはクリスマスプレゼントの海賊の宝物入れにしてるからダメだよ、と断られた。ちぇ。仕方ないから、近所の雑貨屋に行ったら、似たようなものが新春セールで数百円で買えた。嬉しい。

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確かに、めちゃくちゃ宝が入っている……。

焼き時間の間は、ごろごろしながら新しく買い込んだ漫画を読んだりする。何冊か当たりがあって嬉しい。

匂いにつられてやってきた子供たちが出来上がったクッキーをすでにつまみ食いしているので、もしかしたら休み後まで持たないかもしれないけど、今回で簡単なレシピを知ったので、週1くらいで焼き足すようにしようかな。

……なんて思っても、仕事が始まるとなかなかやらないんだけど。一応、抱負だけは。
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この冬休みに読んだ漫画で、一番予想外のヒットだったのは、宮崎夏次系の『ぼくは問題ありません』。表紙が変なので、よくあるヘタウマギャグ路線かなーと思って読んだが、中身は詩情溢れる感じで、とても良かった。

『僕は問題ありません』(宮崎 夏次系)

周囲からちょっと浮いてる変人たちの短編集……っていうと、ありがちに感じるけど、それぞれ何か美しく。

絵も、実は結構上手というか、綺麗だと思う。

上の子たちも「これイイよ!」と言うので、同じ作者の本を他にも買ってみたが、これが一番好評の一冊だった。



お話に余白が多くて詩情溢れる感じは、市川春子にも通じるものがあると思う。両作者の詩情の路線は違うけど、いずれかが好きな人は、もう一方も好みそうな。

『虫と歌』(市川春子)

このブログのコメントで教えてもらって読んだら、凄く面白かった本。どの話にも、人間以外のナニカに対するフェティシスムが漂うのが、この作者の独自路線かも。

同じ作者の本を何冊か読んだが、この短編集が一番楽しめた。中でも、「日下兄妹」という話は、SFのストーリーとしてもオチがちゃんとあって、ポエム好きじゃない人でも、面白く読めると思う。

子供たちにもとても好評だったが、同作者のこれ以外の本は「段々マニアックになってきて分かりにくくなってるね……」との感想(私は他のも割と好きだけど)。



ちなみに、このブログで紹介している本のリンクからamazonで本が買われると、amazonから3%のポイントがもらえるので、私は漫画はそのポイントでだいたい買っている。どんな人たちが買ってくれてるかは分からないけど、同じ本を読んだ人が、どこかで面白いと思ってくれてたらイイなーとか思いつつ、この場を借りてお礼を言いたい。おかげさまで去年も漫画を色々と読めました。ありがとうございます。
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by macchi73 | 2016-01-04 12:00 | 書籍・CD | Comments(2)
2016年 01月 03日
星と雪(ちょっと似てた)
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今年はクリスマスの後、家族旅行をして、その足で夫実家へ年末年始の帰省。

自然の中でのんびり過ごして、夜には焚火して、星を見て、露天風呂に入ったり、野原や森林を散歩した。雪もちらちら降ったけど、厚着して歩きまわったり温泉に入ったりしてたんで、ずっと体はポカポカしてて暖かかった。

自然の中で朝から晩まで、朝日が上って・草が溶けて・西の方では月が薄くなって消えて、それから夕日が沈んで・草が凍って・月が東から上ってきて……っていうのを眺めてると、なんか地球って本当に回ってんだなーと実感する。それが毎日、毎年、同じように繰り返してるけど、でも全く同じ一日とか一年っていうのは絶対再現されないっていうのは、面白い。地球上で全く同じ風が二回吹くことって無いんだろうし、周りの景色や人たちも、少しずつ変わって入れ替わっていく。そして自分も、他の人にとっては変わっていく景色の一部だ。回る星と朝に降りる霜を見て、幾星霜っていう表現は、こういう地球の回転を表してるんだなーと感じた。

去年は病気したり父が死んだりで、楽しかったとは言えない一年だったけど、それも自然だからなと思う。今年はどんな年になるか、やっぱりそれも終わってみないと分からないけど、毎年繰り返すお気に入りのことが、少しずつは違っても、今年も無事に繰り返されますよう。それで、初めてだったり最後だったり、一生に一回だったりすることを、ちゃんと上手くやり切れますよう。

あけましておめでとう。今年もよろしく。
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旅行中のBGMは、11月に来日したMystery Jetsの『TWENTY ONE』
珍しく子どもたち全員に好評で、歌いながらの移動で楽しかった。でもみんな歌詞がでたらめ過ぎ。

雪つながり?で……






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家族旅行も、毎年のお気に入りの一つかも。
たいしたことは何もしないで、みんなで散漫に(旅先での過ごし方もかなりバラバラで)ぶらぶらしてるだけだけど、いつまで全員揃って出かけられるもんかな。

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by macchi73 | 2016-01-03 10:46 | 書籍・CD | Comments(5)