2017年 02月 11日
立春の候、世界の片隅で君の名を
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直行直帰の仕事で、いつもより少しゆっくり目に家を出たら、庭の梅が咲いていた。
花の満開はもう過ぎたっぽいけど、それでも庭を通って門扉まで、近くを通ればふんわり梅の香りがする。春だなー。

まだ寒い時期に「春だなー」って思うのって、なにか新品感があって嬉しいもんだ。新春とか立春とかいう言葉の、めでたい感じ。

先月今月は、一人でいろいろと馴染みのない場所に行く仕事が多くてちょっと楽しい。

昼間乗り物に揺られて遠くまで足を伸ばしたり、いろんな人に話を聞いたり、珍しい設備使わせてもらったり試験受けたり、いつもと少し違う動きをしていると、仕事もそろそろ飽きたと思ってたけどやっぱり楽しいかもなと思ったり。一人で移動すること、シーンとした知らない建物を歩きまわること、ずらっと並んだ資料や設備を見ることが、けっこう好きかもなと思う。あまり仕事の本質に関係ない部分なので、そんなに人には言えないが。

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出先からの帰り道、以前よんで面白かった漫画の映画がやってたので観て帰った。

『この世界の片隅に』

原作つきの映画って原作の方が面白いことが多いけど、これは映画もかなり良かった。

特に、小さい子の悲しい場面の表現が、映画ならではの見せ方で、派手ではないのに衝撃的だった。

振り返れば、喪失したものたちとの過去も含んで、この世界が続いていくのは美しい、かも。



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そのちょっと前に子供と観た映画のことも思い出した。
どっちも「喪失に対してどうするか」を含んでいる部分で、少し共通するところもあるような、無いような。

コメントにも書いたが、二つの映画で解決方法が全然違うのが面白かった。

『君の名は』

現実には絶対に起こりえない「あの時こうだったら……」の実現が許容される世界の話だった。その時点で「え、それアリなの?」と、私は少し脱落気味。

が、実は喪失の痛みの最中にいる場合は、こういう物語が心惹かれたり癒やされたりするのかも?と、後で思い直したり。無くした場所、無くした人の、そうではない未来が生き生きと実現される世界を夢想する……。

そういう意味で、失われなかった世界の物語、取り零した分岐の先の物語も、この世には必要なのかもしれないね……とか言ったら、息子にはそういう話じゃないよ!と強く言われた。息子は監督のファンっぽい。適当な見方ですまない(←脱落してたからな)。


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by macchi73 | 2017-02-11 23:55 | 書籍など | Comments(2)
Commented by africaj at 2017-02-26 16:09
映画、良かったですねえ。
映画ならではの見せ方、うん、小さな子のあの場面。
焼夷弾の降ってくる映像も絵をうまくつかってたり。
息子を連れてもう一度行く予定ですが、何度も観られるのもすごいなと思います。
Commented by macchi73 at 2017-02-27 01:01
africajさん>
あっさりした表現が、かえって食傷しなくて何度も見られるのかもですね。

そういえば、末っ子がクラスで流行ってて観たいというので、『君の名は』もちょっと前に観に行ったんですよ。こちらもまた別の方向で美しいアニメで、子供は面白かったみたいです。

全然感じは違うんですが、どちらの映画も「失われたものにどう対応するか」っていうところでは少し通じるものがあって、でも全然別の解決方法なんで、そこが私は面白かったです。

大人の意見としては、現実には魔法や奇跡はないんだから、その愛惜の念はこれから手持ちのものでどうするかしかないのだ……って感じで「この世界」に軍配が上がりましたが。

でも喪失があまりに生々しいうちとかは、マジカルな甘い奇跡や、あの時こうだったら……で心を癒す夢想や復活物語の必要性もわかるけどな、とか言ったら、大学生の息子は、違うんだよ、そういう見方じゃないんだよ、これは希望のアンサーなんだよ(?)ってな感じで、「君の名」を強く推してましたね。

まあ、子供と意見は常に(がーん)違えども、そうやって話をできるようになったというのも、ちょっと感慨深いですね。もし未見でしたら、そちらもご子息と観たら面白いかもです。


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