2016年 04月 05日
庭仕事の喜び(ダイアン・アッカーマン)
『庭仕事の喜び』(ダイアン・アッカーマン)

この間読んで、とっても面白かった本。庭で感じたあれこれを、春・夏・秋・冬の章に分けて綴っている。

ものすごく知識量のある人らしく、連想が連想を呼び、話があっちこっち飛び回るが、それが躍動感があってとても面白い。どこを切り取って読んでも、元気いっぱい、溌剌とした詩のようだ。

夜に裏庭で月を眺めて「人間はあそこまで行ったんだ」とアポロ月面着陸について考えを巡らせてみたり、かと思えば、古代ギリシアの博物学者の思想に想いを馳せて、地球は宇宙の庭であり、私たちはそこで花開いた命の一部なんだ、って面白がってみたり。庭からどんどん、いろんなところに思考は広がっていく。

全体的に、ふざけた論調なのも楽しくて良い。
バラの復活を目にした時の気分を例えて、「弱って死んだ叔父が、ある朝目覚めたら、重量級のフットボール選手になって戻ってきたような驚き」とかなんとか書いてた部分(うろ覚えだけど)は、思い浮かんだ絵面のおかしさに思わず笑ってしまった。そりゃ嬉しいよなあ!
庭づくりをする者は瞬間に生きているが、同時に未来にも生きているし、過去はつねに心にある。どの花にも歴史があり、諍いの物語があり、たぶん病気の物語もあるのだろう。どの花も希望や期待とともに植えられる。庭を褒めそやす訪問者は、その日その時間の庭を味わっているのだろうけれど、そこに住み、長い年月をかけて庭を手入れしてきた園芸家にとっては、あらゆる瞬間が記憶と織りあわさっている。そして、未来図の背景にある景色を思い描くとき、庭はさらに美しく、あるいはあたかも新しい植物が花開くように、ちがう美しさを湛えている。
庭は世話をして、手をかけてこそ庭と呼べる。(略)庭は変化し成長する生き物なのだ。あなたがよく知っているだれかのように、庭は時とともに変化し、それでいながら元のままでもある。庭を比喩やありとあらゆる暗示で染めよう。たとえば「思いやりの庭」。そんな比喩の中では、庭も思いやりも、人生における特別な喜びだ。「教室の庭」では若者たちが育てられる。「不確かな記憶の庭」は、「はるか彼方でかすんでいる、子どものころの不確かな記憶の日々を集めた庭」である。
庭は、成長はしても完成することはない。つまるところ、人間も成長を完成させることは決してなく、運がよければ止まらずにひたすら成長をつづける。成長の足取りは、連続的でもなめらかでもなく、ときによって、ごくわずかしか進めなかったり、つまずいたりしながら、非常にゆっくりとあるいは駆け足で、思いがけない幸運であるいは大きな努力の結果、進んでいく。私たちが成長するのは、生きることは成長することだからであり、そして私たちが、頭で考えるだけでなく、衝動に駆られて、全身全霊で生命を愛するからである。好奇心も、愛も、野心も、信念も、そして多種多様な欲望も、すべて私たちの一部であり、それらが私たちを季節からつぎの季節へと導き、最終的に私たちを形づくる。そうして私たちは成長している。

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私も作者に倣って、月を見上げて38万キロ彼方の地面でも想像してみるか……と真夜中過ぎに散歩に出たけど、あいにくの霧雨で月は見えなかった。

それでも月と自分の間には、頭上を覆う夜桜があり、空との間を埋める細かい雨粒、もっと上には雲の層、地球を包む大気圏、それから静かで冷たい宇宙空間、月の土があるんだなーと感じられた。

それから水平方面に感覚を伸ばせば、後方にはハアハアと荒い呼吸で追ってくる夫(運動不足)、さらにもっとずっと地面を辿れば、今まで行ったことがあるどんな場所にも、行ったことがない場所にも、野を越え山を越え海を越えて、地面は繋がっているのが体感できる気がした。地面は大小色とりどりの庭や景色に覆われていて、その中に、私の愛着ある庭もある。(と、そんなに世話してないのに言う)

それから、空間と同じ広がりを持って、いまここから過去と未来に伸びていく時間の塊を感じた。アッカーマンは、生きることは成長することだって書いてたけど、私は、何もない暗いとこから発生して、また暗いとこに消えて行くんだなと思った。それって成長なのか、ただの現象なのか。でも自分も、この賑やかな地球上の自然現象のうちの一つで、好ましく思うあれやこれやと等価な何かだと思えば、悪くない気はする。


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by macchi73 | 2016-04-05 23:55 | 書籍など | Comments(4)
Commented by kana-garden at 2016-04-06 08:33
こんにちは!
いつもブログをのぞかせていただいてます。
植物もですが、生き物の観察日記も楽しみにしてます^^
そろそろ虫たちも動き出す時期ですね。
我が家は田舎なので、家の中にも色々入ってくるほど生き物いっぱいな環境です。

「庭仕事の喜び」面白そうな本ですね!
私は口下手&文才ナシなので、あぁ 言い得てるなぁ と、そうそう そうなのよ って思ってしまいました。
今度本屋さんで探してみます。
Commented by school-t3 at 2016-04-06 13:01
思いは同じですね。

人生に関して言えば
私の場合、
光の中からやって来て
光のなかに戻っていく、とちゃっかり思っています( ´∀`)☆♪
Commented by watmooi at 2016-04-06 22:20
真夜中過ぎの散歩、
に出かけるのもすごいですが、
そこで感じられたこと、
なんだかすごくって楽しい気分になりました。
Commented by macchi73 at 2016-04-07 23:19
kana-gardenさん>
羨ましい環境ですね。どんな生き物がいっぱいなんだろう。

ちなみに今日は仕事の帰宅時間が遅くなってしまったのですが、夜の盛り場を通り抜けて家路を急いでいたら、変な動きをする光る枯葉がある!と思ってしゃがんだら、大きなゴキブリでした。ちょっと春を感じました。

school-t3さん>
なるほど!
光がしっくりくるタイプと、仄暗いタイプ、両方いる気がしますね。
私は眩しがりやでモソモソしてて夜散歩好きだから、断然、暗い方が溶け込めるかなー。

watmooiさん>
ふ。真夜中散歩なんで、ちょっと広大な妄想になってたと思われます。
あとはなんか、することが無くてぼーっとしてる時、「もう少し上から(or 下から or 右から or 遠くから, etc.)眺めると、この景色がどう見えるか」っていうシミュレーションみたいなのしちゃうんですよね。それで上空まで行くと、Google Mapの航空写真みたいになるという……。
子供の時、なんかそういうゲームとかあったのかな。気づいたらついていた癖でした。
ボーッとしてる時、他の人もそういうことしてたりするのかな、と気になります。


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