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2016年 04月 01日
泣かない高学年
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末っ子が、囲碁をしようと誘ってきた。久しぶりだったけど強くなっていた。さすが今月から高学年に突入するだけある。

本人もいけると感じたのか、珍しく果敢に敵陣深くまで飛び込んでグイグイ攻めの姿勢を見せたが、あー良い感じだけどここに欠目があるからこうなっちゃうかもよ……とバタバタっと逆転負けの結果になったら、「そっかあ、本当だー。うーん……ちょっとタイム、ちょっとトイレ〜」と言って席を外し、しばらくしてから少し泣いたように瞼と鼻を赤くして戻ってきた。そして、「よし、じゃあもう一回やろう!」とサラッとした態度で再挑戦してきた様子を見て、母は感動した。成長を感じた。さすが4月から高学年に突入するだけあるよ!

もっと小さい時は、将棋や囲碁を始める前に「言っとくけど、負けて怒るならやらないよ」といくら念を押しておいても、最後は絶対に怒りだして「つまんない!つまんない!もう嫌だー!!今の無しー!」とか涙と鼻水をブシューと出して、盤上を滅茶苦茶にかき混ぜたりしていたものなのに。

ピノコよ、これは構造的に最後はどちらかが勝ってどちらかが負けることが避けられない仕組みのゲームだからね。勝つこともある、負けることもある、それを理解して成り行きを楽しむっていう風にできない相手と勝ち負けゲームすんのは、お母さんは嫌だよ、楽しくないよ。一局一局でギャーギャーいう格好悪い真似はやめて、まずは勝ったり負けたりしながら上達すること楽しもうよ。負けて泣く子とは、協力ゲームだけ一緒にやるよ……とか、毎回クドクド言ってた甲斐があったか。わかってくれたか。

……なんて、感慨に浸っていたのが、夕方のこと。

夜、お風呂に入りながら、さっきの囲碁は偉かったねーと言ったら、「うん、全部グチャグチャにしたかったけど、そうするとお母さんと喧嘩になるからね」とか言う。えっ、そうなの?そんな理由なの!?しばし、呆然。

それから段々、すごく可笑しくなってきた。
娘は、私がクドクド言ってた内容じゃなく、仲良くやりたいけどうるさい相手と平和裡に事を進めるための方法を学んだ訳だな。それ、相手に言わないで隠しておけるようになったら、もっと上級なんだろうけど。(あ、でも敢えて言うのも、意外と良いのか?)

まあ、人の言動から、何を学ぶのかは自由だ。そして私は教え下手だ。


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負けたくない繋がりで。
絶対泣かない、泣けない、けど負けそうな時にスマートに振舞うこともできない、不器用でスーパー勝気な人の話って、なんかグッと来て、微妙に馬鹿馬鹿しいから好きだ。自転車のランス・アームストロングしかり、脱出王のフーディーニしかり(でもフーディーニの方が周りに愛があるせいで殺伐感がない)。たぶん、ずっと、自分にはできる、自分にはできるって、言い聞かせるようなところあるんだろうな。頑張れよ!と思う。

『フーディーニ!!!』(ケネス・シルバーマン)

これは写真もいっぱい載ってて面白い伝記だった。

フーディーニは、アメリカで「脱出王」として有名になったハンガリー出身の奇術師。最愛の母を亡くしたことが原因で、当時流行っていた降霊術に興味を持ったが、トリックと見破ると、超能力や心霊術のいかさまを糾弾する活動でも名を馳せた。常に引くことを知らず挑戦的な態度は面白がられもし、憎まれもしたようで、楽屋に来た若者に「腹を殴られても平気ってホントっすか?」(実際は、そんなことはフーディーニは言ってなかったが)ってな感じで絡まれて、受けてたったことが死因となった。自分の死の直前には、もし死後の世界があるなら絶対に連絡するからと、妻のベスとの間に暗号を決めていたことでも有名。
いったいフーディーニはどのようにして開けたのだろうか。不確実であるがゆえに絶えず人の頭を悩まさずにはおかない、それがフーディーニの名声を保ち続けてきた主な要因である。フーディーニの脱出は、迷宮入りの大犯罪のように、曖昧さをいっさい排除して生きたいという人間の願望を損なう。謎は解明されることを切望しながら、解明されないまま、その神秘を永久に保存している。(略)

フーディーニはハリー・ケラーの葬儀の模様をフィルムに撮っていたから、もし誰かが彼の葬儀の一部をカメラに収めたということを知ったら、さぞ喜んだことだろう。一分そこそこの長さでしかないが、車の行列や埋葬シーンの断片が今も残っている。(略)

四方八方から花が、弧を描き、輪を描き、あるいはまっすぐに落ち、わずかにコマ送りのスピードを遅くしたフィルムの中で無数のぼやけた筋となり、その隙間からは参列者たちの顔もほとんど見えない。ましてや表情を読み取ることなどできそうにもない。驚いているのだろうか?不愉快なのだろうか?ただ疲れているだけ?それとも花が投げ入れられるのを見て心の内を顧み、自らに思いを巡らし−−きっと考えているのだろう。自分もまた秘密を抱えて逝こう、と。

当然、BGMはフォスター・ザ・ピープルの"Houdini"で決まり(動画もとても面白い!)。
このアルバム(『Torches』by foster the people)は、全曲それぞれに変なフックがあって飽きない良盤だと思う。





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by macchi73 | 2016-04-01 21:30 | 書籍・CD | Comments(2)
Commented by tomomonn1028 at 2016-04-01 23:35
ぷぷぷっପ(⑅ˊᵕˋ⑅)ଓ
machiさんとピノ子ちゃんとの掛け合いがおもしろく、
いつもそうだよなーと読ませていただいてます。

まさに今我が家の5歳の娘がそうです。
ババ抜きやろー
七並べやろー
と言うわりに、負けると泣く、怒る…
ピノ子ちゃんみたいな大人な対応いつ出るようになるのだろうか(´・_・`)
Commented by macchi73 at 2016-04-03 22:15
ともちゃん、
うちも小学校高学年でやっと、少しだけ大人の対応になったかなーってだけですよ。
しかも、多少、教えたかった方向と違う方に大人の対応を学んだ感がある……。

なんか、教えたいと思ったこと、そのまま覚えてくれる訳じゃないのが、面白くもありトホホでもありですね、子育ては。


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