2015年 08月 06日
センス・オブ・ワンダー
楽しかった夏休みも終わって、私は仕事の日々に戻った。
私以外の家族は全員まだまだ夏休みで、夜に仕事から帰ると、家の中にふわふわした休みの雰囲気が漂っている。

明るいうちに帰宅すれば、夕方の散歩が待っている。
ピンク色の夕焼け、蝉の声、虫捕り網を持った末っ子の駆け足、陸橋から見る小さい夜景。

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蝉の声が降ってくる木の下で、あ、と立ち止まって、「ねえ目をつぶってここ立ってみて」と娘が言った。その通りにしてみたら、「いいよ」と今度は私の体をぐるっと回して、「もう一回、目をつぶって聞いてごらん」と言う。そして、「ね、面白くない?」と聞いてくる。

まるで謎かけみたいだけど、実際にやってみればすぐに分かった。
木に向かって立てば、体じゅうが蝉の声に包まれる。背を向けて立てば、少し和らぐ蝉の声。
その後は、ずっと二人で左右にブルンブルン首を振りながら夕方の林沿いの道を歩いた。首を振るたび、蝉の声が大きくなったり小さくなったりする。珍しい音の世界を歩いている感じ。(←見ている人も、珍しい首振り親子を見てる感じ?)

暗くなれば、他の家族とも待ち合わせして、新しくできたタイ料理のお店で食事して帰る。
食後、子どもたちの絶え間ないお喋りが一緒くたになって、わあわあ言う蝉の声にまた似てる。湿ったドライヤーのような温風(熱風?)に吹かれて歩いていたら、ここは南国みたいだとクラクラした。子どもたちと一緒だと、どこにいても時々、知った風景が珍しい新しい場所みたいに感じられる。

そんな感じで、自分の休みは終わったけど、まだまだみんなの夏休みのおすそ分けをもらい中。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

ふと思い出したのは、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』。

たぶん夜の海でぞくぞくして二人で笑い合ったとき、大御所レイチェルが小さいロジャーに与えた影響より、小さいロジャーがレイチェルに与えた影響の方が大きかったのではと思う。そして、小さいロジャーは、大きくなったロジャーとは地続きの存在のようでいて、その一瞬だけのなにか別物でもある。子どもって呪物だ。

『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン)

作家レイチェルが彼女の姪の子である小さなロジャーと一緒に自然の神秘に触れる日々を綴ったコンパクトな一冊。その後、ロジャーは5歳の時に母を失い、レイチェルに育てられた。

原本の扉に記された、編集者からの短いコメント:
レイチェル・カーソンはこの『センス・オブ・ワンダー』をさらにふくらませたいと考えていた。しかし、それを成し遂げる前に、彼女の生命の灯は燃え尽きてしまった。
生前、彼女がねがっていたように、

この本をロジャーにおくる
生前のレイチェルが本をおくりたいと願ったのは、彼自身の人生を生きている本物のロジャーだったか?それとも記憶の中の小さいロジャーだったか?と考えたとき、後者なんじゃないかなあとか、ふと思ってしまった。

訳者は書いている。
一九八〇年、私はこのロジャーと対面することになった。(中略)私が会ったロジャーは、ボストンに住む、背の高いがっしりとした青年になっていた。その頃は音楽に関する仕事をしていて、ナイーヴな繊細な神経の持ち主のように見受けられた。レイチェルのことは、まだ子どもだったのでよく覚えていないなどと語っていたが、誇りに思っているのは確かだった。『沈黙の春』の業績に対して与えられた数々の賞のうち、レイチェルが最も喜んだという、シュバイツァーメダルを大切そうに出してきて見せてくれた。私はもう一度、メインの潮風の下でロジャーに会いたいと願っている。聞くところによると、現在ロジャーは、コンピュータ関連のビジネスマンで、二児の父ということだ。
それで私は、また勝手に想像。
『センス・オブ・ワンダー』は確かに人生の素晴らしい瞬間を切り取った本ではあったけど、大人になったロジャーの中でのレイチェルの存在は、そんなに大した割合はなかったんではないか、とか。少なくとも、レイチェルが小さいロジャーを思い出したようには、大きいロジャーはレイチェルを思い出さなかったのでは、とか。

子どもと一緒に過ごす一瞬って、それ自体でキラッとした輝きがある(こともある)っていうだけのもので、実はそれ以外の大した意味はなく、子どもたちはどんどん色んなものを後ろに置いて進んでいく。だから自分もそこに居合わせてラッキーくらいの気持ちで、その短い瞬間を、センス・オブ・ワンダーを、適当に楽しむくらいで良いかもなと思ったり。


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by macchi73 | 2015-08-06 23:52 | 書籍など | Comments(3)
Commented by いくこあら at 2015-08-09 06:52 x
周りは夏休み真っ只中をひしひし感じますよね、子供がいつまでも遊んでたり。羨ましいやら悔しいやら(笑)蝉もボチボチコロコロ死んでいっているのをあちこちで見かけるようになりました。死骸を見るとあまりの儚さに可哀想になってしまう、鳴いてる時は煩いから早くいなくなれ❗と思ってるのに…。勝手なもんです(^_^;)
Commented by macchi73 at 2015-08-10 01:25
いくこあらさん>
はい、蝉も一生を終えるものが出だしましたね……。終わってみれば短い一生だったと思ってるかな。
夏休みはまだまだ長いと思ってても、油断してるとすぐに終わっちゃうから、宿題は手をつけとけよー!と、子供にも言っときました。

あと休み中に気づいたんですが、昼間の一番暑い時は、外を歩いててもあまり蝉の声がしないみたいです。蝉も暑すぎて休んでるのかな?と、ちょっと面白く思いました。
Commented by いくこあら at 2015-08-13 23:35 x
うち、マンションの二階で手の届く範囲でマンションの植栽があるんですよ。もう蝉の喧しさ大反響!鼓膜破れるんちゃうか!て位になるんですけど、朝だけなんです。それも明るいだけじゃダメみたいで、それなりに太陽の光が当たりだした頃に鳴き出します。彼らのルールがあるんでしょうね(笑)


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