晴耕雨読
2011年 02月 27日
そういうことなら、普通に目標って言えばいいじゃない。
本当に目標を立てたなら、ポヤーと夢とか言ってないで、さあ鍛錬、いま動け、具体的にガツガツやりなよ!とか問いつめたくなったりして。
なんという意地の悪い母親だ(あ、若者=我子バレ)。
子どもは可愛いものだが、思春期ともなると、好みもやり方も自分とは違うことはままあり、ダメ出ししたあげく、時に物別れ。
周りの面白いなーと感じる人たちは、どんな時でも子どもについては肯定が大事という経験談(親の立場だったり子の立場だったりするが)を持ってることが多いので、本当は間違いなくそれが良い在り方なんだと思うんだけど。
うちのように、のんびりした子供と競争ゲーム大好きな母親の組み合わせでは、子ども側はうんざりするかもなあ……。
なんて、ちょっと悶々としつつ。
基本的に(時間のない疲れ気味の中年である私にとっては?)夢というものは、休み時間に目を閉じてみるものだと思う。
ただの妄想や睡眠でも、明日への活力になるものなら、それはそれで有用ではある。
でも浸り過ぎると戻って来れなくなりそうで怖い。
そんなことを思いながら、庭本を開く夜。
目を閉じて、理想の自分の森を思い描いて休憩。
Family Gardens (Bunny Guinness 著):
私の夢の庭といえばコレ。
大型の写真本で、童話に出て来るような庭のオンパレード。
そう、こんな風に子供たちが楽しそうってのがキモなのに。
何かと小言を言っては、逆の結果を生んでいる……なんて、休憩中なのにクヨクヨしてはいかん、いかん。
[amazon.co.jpで調べる].....日本語版も出ていたようだ『ファミリーガーデン―子供たちの庭・家族の庭』
ガンピーさんのふなあそび(ジョン・ガーニンガム 作):
こんな一日を過ごしてみたい。
敷地内に小川があるってのは夢の庭に欠かせない要素だ。
確か赤毛のアンも、グリーンゲイブルズについてそんなこと言ってた気がするし。
思うに、ガンピーさんってのも肯定の人だな。
最初に注意は与えても、行動については相手に任せ、どんな結果でも楽しく持って行くってのは感じの良い大人だ。
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